イタリアの男性は「峰不二子」がお好き？…『テルマエ・ロマエ』作者が綴る〈新ニッポン論〉 #1 望遠ニッポン見聞録
巨乳とアイドルをこよなく愛し、世界一お尻を清潔に保ち、とにかく争いが嫌いで我慢強い、幸せな民が暮らす小さな島国、ニッポン。『望遠ニッポン見聞録』は、長年、海外で暮らしている漫画家、ヤマザキマリさんが、近くて遠い故郷をあふれんばかりの愛と驚くべき冷静さでツッコミまくる、目からウロコの「新ニッポン論」です。本書の中から、一部を抜粋してご紹介しましょう。
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巨大化するおっぱいMANGA
海外で漫画家をやっていると、現地の「MANGA」好きで、いつか「MANGA」を描く仕事をしてみたいと思う若者が私のところへ自分の作品を持ってやってくることがある。
先だってもポルトガルで漫画サイトを運営している人から、ポルトガル人漫画同好者達による同人誌を手渡された。コンペを開くから目を通してほしいという。私が本国日本の漫画家だから、きっとその辺は鋭い見解でコメントしてくれるはず！ という大きな期待が放出しているのがわかるのだが、正直、私はそれらの作品を見るたびに困惑してしまう。
なぜなら、それら海外で「MANGA」描きを目指している人達の絵柄というのが、私が全く読まないジャンルの漫画を基本にしたものばかりだからだ。
日本のメジャー漫画の主人公をなぞったのがはっきりとわかるキャラクター、そこに出てくる女の子達はみんな近未来的なミニスカートの衣装を身にまとった巨乳ギャル。彼らはもしかして、それらが「MANGA」の必要最低条件だと思っているのかもしれない。
だから逆に彼らが私の作品を見ると、「え？ これ、MANGAなんすか？」という激しい動揺の表情を浮かばせる。日本の漫画の広さをまだ彼らは完全に把握していない。
イタリアに留学していた頃、私が読みまくっていた漫画はマイナーな作家のものばかりで、未だにその嗜好は変わっていない。自分自身も屈折した青春期を過ごしたために人格が若干歪んでいるからなのだろうが、明るくて元気いっぱいな優等生よりも気弱で謙虚な変人が好きで、どうしても漫画作品もそういった作者の人間性が垣間見える物に惹かれてしまう。
だから、背景にそういった胡散臭い人間性を読み取ることのできない昨今のメジャーな日本のアニメや漫画に私はなかなか入り込めないのだ。
ただ、そんな海外の「MANGA」好きな人達の絵を見ていると、日本のキャラとの、とある違いに気が付くことがある。
例えば女の子キャラの顔が日本のよりも大人っぽく描かれていたりするのだ。発達した胸とパンツが見えるミニスカートで読者にセックスアピールするのは、自らの体の成熟を意識した大人びた女性であるはず、という公式が彼らの潜在意識下にあるからかもしれない。
「精神的には全く少女なのに身体だけ大人になっちゃって戸惑っちゃってます」というロリータ系の童顔キャラでなくても、別に彼らはそれで良いのだろう。
©ヤマザキマリ/幻冬舎
うちのイタリア人の旦那は「ルパン三世」の峰不二子が子供の頃から大好きなのだが、考えてみれば、あの不二子こそ日本の巨乳キャラの原点の一人であった。ただし今と画期的に違うのは、不二子は胸だけがやたらとでかいのではない。彼女は心身全てにわたって満遍なく成熟している大人の女性なのだ。
小悪魔的な性格でありながら、どこかで母性すら感じさせる厚みのあるキャラ。胸が大きくても彼女の人間性自体がそれを上回るインパクトの強さだから、バランスが取れていた。つまりマリリン・モンローや007のボンドガール的な生身の人間としてのリアリティーがあったのだ。
何年か前、とある気弱なイタリア人男から「日本人女性を紹介してほしい。できれば胸のでかい人」と頼まれたことがあった。彼にとっての胸の大きさは女性としての温かさを意味するものらしいのだが、いくら胸がでかくても性格の強烈なイタリア女に辟易し、今度はゲイシャのような従順で静かで恥じらいのある日本人女性に大きな憧れを抱いてしまったのだった。
彼はその後念願かなって峰不二子ばりのグラマラスな日本人女性と付き合ったが、最終的にはボロ雑巾のようになるまでエネルギーを使い果たしたあげくに捨てられた。彼が憧れていた夢のような日本人女性はもはやアニメか漫画の世界の中にしか恐らく存在しないのだろう。
童顔に巨乳は現実の女性の強さについて行けない男性の哀しい気持ちの表れでもあり、おっぱいの大きさがその「憧れ」と比例するのであれば、一体これからそれはどこまで大きくなっていくのだろうか。まだまだいくらでも膨れ上がる可能性はありそうだ。
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『望遠ニッポン見聞録』ヤマザキマリ
