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逃げたい娘 諦めない母 3┃朝倉真弓/信田さよ子

干渉や献身は

愛情と混同しやすい

「母の存在が重い」「いつまでも支配されている」と感じる娘の存在は、それほど珍しいものではありません。また、母の支配に苦しむ娘の年齢もさまざまです。

この物語の主人公、瑠衣のように、本来なら自分の人生を謳歌しているはずの二〇代や三〇代の女性もいれば、結婚して子供を産み育て上げた六〇代になっても母の束縛から逃れられない女性もいます。

そのあり方もさまざまで、精神的な虐待や言葉の暴力で支配をする母もいれば、“友達親子”のように隠しごとのない関係を強要することで、子供の自立心を奪う母もいます。

親子の確執に苦しんでいるのは、息子より圧倒的に娘が多いのが現状です。しかしそれが果たして実態を表しているのかどうかは分かりません。声を上げないだけで、息子たちも母親(彼らにとっては異性の親)からの支配やその記憶に苦しんでいるのかもしれません。母が同性か異性であるかによって、その苦しみは大きく違うのではないでしょうか。

娘にとって母は同じ女同士であるために、身体的にも共通点が多く、瑠衣の母のように顔や体をじろじろ見るような行為によって娘の生活に深く侵入してきます。そしてライフサイクルにおける性的なことがら(生理の周期、妊娠・出産など)を通して比較・干渉されることで、母からの束縛や嫉妬にさらされやすいのです。

明治時代から日本では、母性という言葉で母に対する幻想を強化し、礼賛したり奉ったりしてきました。一九七〇年代以前は女性の平均寿命が六〇~七〇代だったことも影響しています。

二〇代前半で結婚し、婚家に従わなければならないので、里帰りして実家の母に会うこともままなりませんでした。母と過ごせる時間は現在の半分以下だったでしょう。こうして接触する期間の短さも手伝って、母親像は理想化されて母娘の確執は見えにくくなっていました。

ところが今は、母の寿命は延び、結婚しない娘も多く、結婚年齢は上がる一方です。結婚しても実家の近くに住むことが多いので、母親からすれば、自分の娘はいつまでも手の届く範囲にいるということになります。昔に比べて母の支配や娘とのバトルが顕在化しやすいのも当然なのです。

とはいえ母としては、子供を支配せずして無事に育てることなどできません。〇歳児を放置するわけにはいきませんし、幼稚園や小学校では保護者としての適正な干渉が必要です。

では、いつから適正な保護や干渉が、度を越した支配や束縛へと移行してしまうのでしょうか?

親の干渉に気付き、それに抵抗しはじめる時期は、娘の場合小学四~五年生ごろ、思春期の入り口にあたるころです。本来なら成長の一環として喜ばしいことですが、娘たちに自我が育ち反抗するようになると、母親たちの態度は二種類に分かれます。

ひとつは、「娘も大人になったのだな」と、徐々に保護や干渉をゆるめていく母親。そしてもうひとつは、思い通りにならないことに不安を抱き、「もっと言うことを聞かせなければ!」と、さらに束縛を強める母親です。

このような反抗期は、子供の中学受験と重なっています。娘の受験を勝ち抜くことに必死な母親は、「ここで娘が道を踏み外したら将来がズタズタになる」と思うあまり、さらに束縛してしまう傾向にあります。

しかし、多くの娘は強い束縛を受けているのに、それを愛情ととらえて疑いません。なぜなら母は折にふれて、「あなたのためにやっているのよ」とささやき続けるからです。

それは「母を嫌だと思う私は悪い子なんだ」という罪悪感を植え付けることになります。母たちは、娘に自分が理想とする人生を歩ませることで、その人生に自分を重ね合わせ、娘と一体化して生きようとします。娘を自分の理想の形に仕上げるための束縛は、母にとっても娘にとっても、ある時期までは愛情そのものだと信じられています。

やがて娘は大人になり、自分なりの生き方を見つけようと試みます。それは、必ずしも母の望みに沿ったものとは限りません。母から逃れようとして、初めて母からの束縛に気付いた娘は、母の願望と自らの欲求とのあいだで葛藤するのです。時に、母親は娘の活躍や成功に無意識のうちに嫉妬していることもあるため、関係はもっと複雑になります。

「母は絶対的な存在である」と刷り込まれている娘は、大人になってもはっきりと「ノー」が伝えられません。そればかりか、「昔の娘が本当の姿で、自分から離れようとしている娘は不安定でヘンになっている」と信じて疑わない母親の言葉に、さらに苦しむのです。

現代の母と娘は、どこかのポイントで距離を取るための儀式を行うべきでしょう。成人式では早過ぎるかもしれませんが、大学の卒業式、就職といった区切り、もしくは一定の年齢で、母別れ、娘別れの儀式を行うことを提案したいと思います。それは、母をばっさりと切り捨てるということではありません。そのためのプロセスを、これからお話ししていきます。

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続きは、書籍にてお楽しみください

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