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迫り寄る「あの男」の影…伝説の「大名やくざ」が帰ってきた! #3 極道大名

久留米藩主・有馬虎之助、その裏の顔は、江戸のごろつきで知らぬ者はない極道「水天宮の虎」だった。幼い将軍・家継になつかれている虎之助は、いずれ自分は副将軍にともくろむも、ある日を境に事態は急変。かつて散々殴りつけた男の影がちらつき始め……。時代小説作家、風野真知雄さんの大人気シリーズ『極道大名』。物語の始まりとなる第一話、「やくざは子どもに好かれなくちゃな」のためし読みをお届けします。

*  *  *

「有馬さま。どうなされました?」

白石が驚いて訊いた。

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「怪しい気配を感じた」

虎之助は吠えるように言った。

「怪しい気配?」

「この城に、変なのが潜り込んでいるのではないか?」

「そんな馬鹿な。この城は大勢の伊賀者が日々、見張りつづけています。曲者など、鼠一匹入り込むことはできません」

白石は断言した。

「そうかのう。中奥から大奥まで、わしに調べさせてもらえぬか?」

と、虎之助は頼んだ。

親身な気持ちからである。家継の身が心配になってきた。

「中奥はかまいませんが、大奥はお断りします」

「だが、わしは大奥のお女中たちには気に入られているぞ」

「だから、なおさら駄目なのです。あそこの女中どもは、有馬さまに手なずけられているようなので」

「そうかね」

おそらく白石の追及からもかばってくれたのだろう。

――やっぱり、おれが大奥のあるじにならないと、まずいんじゃないのか。

虎之助は、内心、ほくそ笑んだ。

それはともかく、さっきの気配は確かめなければならない。

虎之助はゆっくりと本丸の縁を歩いた。本丸全体は、高台になっていて、縁は石垣、下はお濠である。

縁のところは、多聞櫓で囲われているところもあれば、かんたんな柵と植栽になっているところもある。

その植栽のあたりで足を止めた。

「これは?」

「どうなさいました?」

新井白石がついて来ている。

「ほれ、見よ」

躑躅の植栽の裏あたりで、枝が折られ、ちょうど人が入り込めるくらいの隙間ができていた。

「これは?」

「ここに潜み、さっきもわしらを窺っていた」

「そんな馬鹿な」

すぐ後ろは、目もくらむほどの石垣の絶壁。下は蓮池濠である。

ここに潜んだということは、この石垣を攀じ登って来たのか。

虎之助もそれは信じがたい。

――鷲や鷹が、巣でもつくろうとしたのか。

緑豊かな城のなかには、狸や狐が生息していることも確認されている。当然、鷲や鷹も来ているはずである。

このときは、そう思った。

それからふた月ほど経っている。

三田赤羽橋の藩邸の庭で、虎之助は愛犬のうしと、相撲を取って遊んでいた。そのわきでは、元相撲取りの海ヶ風呂が、四股を踏んでいる。

怪物たちの休暇。

とでも言おうか、この世離れした光景である。

と、そこへ――。

早坂町太郎こと、町太が近づいて来て、

「殿。丑蔵一家で異変が」

と、告げた。

町太は、正式に久留米藩士・早坂町太郎となり、石高二百石を頂戴する身分になっている。幕臣なら、旗本といえるくらいの厚遇である。もっとも、根っからのやくざであることは虎之助と同様で、羽織の袖にはつねにつぶてをいくつか隠し持っている。

「異変? なんだ?」

うしの下になりながら、虎之助は訊いた。

「若い衆が三人、何者かに殺されました」

「ふうむ」

うしをなだめながら、立ち上がり、

「出入りか?」

と、訊いた。

「違います。夜、二人は両国で、もう一人は日本橋で」

「同じ夜か?」

「三日前の同じ夜だそうです」

「偶然じゃねえな」

「偶然じゃありません」

「ほかになんかあるか?」

「殺された三人は、腕に団子の彫物を入れてました」

「なんだと」

虎之助は、詳しい話を聞くために、浜松町二丁目の丑蔵一家に向かった。

ちょうど葬儀の最中だった。

「虎。来てくれたのかい?」

虎之助の母で、丑蔵一家の親分でもある辰が喪主を務めている。

「やったのは?」

虎之助は訊いた。

「わからないんだよ。うちはいま、どことも揉めごとは起こしていないし、しかも縄張りのなかのことだよ。丑蔵一家の若い者と知ってて、誰がこんなことする?」

早桶のなかの遺体を見た。

いずれも胸を一突きされている。

腕にはなるほど、目鼻がついた団子が三つ、串にささった図柄が彫られている。

「誰かいっしょにいたのか?」

「ちょっと、いっしょにいたのを呼んどくれ」

辰は、わきにいた若い者に命じた。

若い衆が二人、申し訳なさそうな顔で虎之助の前に座った。

片方は、両国橋西詰の広小路に近い細道で、殺された二人といっしょに歩いていたという。

「やった者の顔は見たのか?」

虎之助は訊いた。

「いいえ。あの晩は真っ暗で、風も強く、提灯も使えねえくらいで。二人が急に変な声を上げたと思ったら、刺されて死んでました」

「真っ暗闇でか?」

「誰かがぶつかって来たとかいう気配もなかったんです」

「槍か」

と、虎之助は言った。

とすると、武士のしわざか。だが、両国も日本橋も、武家屋敷は少ない。

「人けもほとんどありませんでした。せいぜい座頭が流していたくらいで」

「座頭か」

座頭にこれだけの殺しの技は無理だろう。

「真っ暗で、お前は無事で、団子の彫物を入れた二人だけが殺されたのか?」

「はい」

虎之助はもう片方を見た。

「あっしもまったく同じです。日本橋の通り一丁目側のたもとあたりを歩いていたら、あいつは急に倒れたのです。最初はふざけてるのかと思ったくらいです」

「周囲に人は?」

「そりゃあ、まあ、日本橋の近くですから」

「酔っ払いだの、いろいろいるわな」

「ええ。闇のなかでも槍なんか突き出したら、誰かは気づいたはずなんですが」

「ふうむ」

なぜ、団子義兄弟で狙われなければならないのか。

だが、ほんとうに団子義兄弟が殺された理由だったら、虎之助のせいである。あのとき、団子の彫物にしろなどと言い出さなかったら、こいつらは殺されることもなかったのだ。

「おれが仇を討ってやるからな」

虎之助は葬儀の席で誓った。

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三日ほど、虎之助は町太とともに、殺された三人の周辺を嗅ぎ回った。だが、殺されるような理由はまったく浮かび上がって来ない。

四日目に――。

虎之助は南町奉行所の同心・境勇右衛門を呼び出した。

「よう、虎之助さん。久しぶりだ」

境は嬉しそうにした。

「あんたこそ、しばらく吟味方のほうに行ってたんだろうが」

「そうなんだよ。やっぱり内勤てえのは肌に合わないね」

「だろうな。だが、吟味のほうも経験して、市中見回り方じゃ筆頭同心になったらしいじゃねえか」

「もう聞きつけたのかい? 相変わらず早いね」

と、境は感心した。

「そりゃあ、そっちには耳を傾けているからね。昇進祝いといこうじゃないの」

「いいよ、そんなもの」

「馬鹿言え。おれの気持ちだ」

「そうか。じゃあ、一献、馳走になるか」

「ああ」

奉行所からも近い尾張町にできた京料理の店。

本膳、二の膳、三の膳まで出る。

「ほう。豪勢なもんだね。有馬家の御用達かい?」

「おれじゃねえ。家老の有馬多門がよく使うんだ。あの爺い、舌だって耄碌しているくせに、こういうところが大好きなんだ」

気取った料亭でうまいものを食わせ、歌の一首も捧げようものなら、おなごは誰でもいちころなのだそうだ。まったく、たいした爺いなのである。

「だが、あのしたたかな爺さんのおかげで、虎之助さんはどれだけ助かったかわからないぜ」

「まったくだ。まあ、祝いの一献」

二人は酒をあおった。

久留米の酒である。二升太夫こと梅香が手塩にかけて、灘や伏見の酒にも負けない名酒を完成させた。

「うまい酒だね」

「うまいだろ」

「ところで、おいらの昇進祝いは二の次だろ?」

と、境は言った。虎之助が二十歳になる前からの付き合いである。裏の思惑まで、ちゃんとわかるのだ。

「二の次は言い過ぎだが、ほかに訊きたいことはある」

「なんだね?」

「団子にまつわる殺しとか、三人いっしょに殺されたとかって話は、町方に入ってないかい?」

虎之助がそう訊ねると、境の顔色が変わった。

「虎之助さん。それは誰に訊いた?」

「やっぱりあったのかい?」

「じつは、渡り中間の筋から入って来た話で、おれたちも、よくわからねえんだ」

「侍か?」

「そう。赤坂の旗本屋敷さ。三人殺されたうちの一人は、旗本の当主らしい。しかも、三人とも首を切られ、それを槍で突き刺して、団子のようにしたらしいのさ」

「なるほどな」

当然、旗本は病死扱いとされ、誰かが跡目を継いでいるはずである。

となると、目付のほうも動いていない。闇から闇に葬られるかもしれなかったのだ。

「旗本は、おそらく屋敷で賭場を開いていた」

「ああ」

よくある話である。

旗本の屋敷にある中間部屋では、かならずと言っていいほど、博打がおこなわれている。だが、屋敷のあるじまで加わっている例は滅多にない。

「あとの二人が、客だったのか、旗本の手下みたいなやつだったのかは、よくわからねえ。ただ、中間ではなかったみたいだ。丑蔵一家の連中でもねえだろう?」

「ああ、そっちは違う」

「そっちは?」

「順に話すよ。まず、赤坂の屋敷のほうの殺しは、博打の恨みだな」

と、虎之助は言った。

「だろうな」

「巻き上げられ、怒って、あるじと手下二人を殺したんだ」

「首の串刺しは?」

「いかさまの仕返しだろうな」

「え?」

「そういういかさまがあるのさ。盆茣蓙の下に仕掛けがある。椀を伏せたところの下が外れて、薄い布から出目が透けて見える。それを針で突っついて、都合のいい出目に直すのさ」

「そんなのがあるのか」

「ああ。仕掛けさえつくれば、あとは団子を刺すみたいにかんたんだ。〈団子刺し〉って名前がついてるよ」

「ほう」

「それで、このあいだ、丑蔵一家の若い者が三人、殺されちまった」

と、虎之助は言った。

「そうなのか」

騒ぎがあったわけではないので、町方も把握していなかったらしい。

「殺された三人は、二の腕に団子の顔が串に刺さった図案の彫物をして、自慢げに見せて歩いていた」

「なんでまた?」

「子どもに好かれようってわけさ。ところが、それを見たやつは、その赤坂の賭場の殺しの下手人だと当たりをつけた」

「やくざは、嫌疑をかけられやすいしな」

「たぶん、旗本といっしょに殺された連中の仇討ちだったんだろうな」

「なるほどな」

「団子刺しのほうの下手人、それに丑蔵一家の若い衆殺しのほうの下手人。ここまでわかれば、どっちも洗い出すのはかんたんだ」

「仕返しをする気かい、虎之助さん?」

「うちの若い衆三人の仇は、なんとしても取らないと、しめしがつかねえ」

虎之助はきっぱりと言った。

決意の固さを感じたらしく、

「うまくやってくれよ。おいらも、できるだけ目をつむっているからさ」

境はそう言ってくれ、

「大丈夫。あんたに迷惑はかけないよ」

虎之助は境に微笑んだ。

◇  ◇  ◇

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