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恋する殺人者 #3

「おお、探偵活動。燃える展開だね」

と、来宮は、運ばれてきた焼き鳥の串に早速かぶりつきながら目を見張る。

幸い高文は、お気楽な学生の身分である。時間の融通ならばいくらでも利く。前期は割と真面目に出席しているから、多少サボったところで出席日数に支障は出ない。

高文も串を一本取って、

「何だっけ、あれ。来宮が教えてくれた格言。困った時には前に進む、とか何とか」

「『迷ったらまず正面に進め、進めばそれが正しい道になる』」

と、来宮はもっともらしい顔で云う。

「そう、それだ。その精神でいこうと思うんだ。正しい道かどうかは判らないけど、迷ってる今はとりあえず進みたい」

「うん、いい判断だと思う」

「ちょっとした手掛かりもあるし」

「えっ、何、何」

来宮は興味津々で聞いてくる。高文はビールを一口呑んで、

「真帆姉が亡くなる少し前に云ってた。何だか最近、後をつけられているみたいな気がするって」

「何それ、物凄く不審じゃない」

と、来宮は目を丸くする。

「僕もそう思った。いつからって聞いたら、最近気付いた、もしかしたら結構前からかもしれない、と」

「誰かが真帆子さんを狙っていたってこと?」

「判らない。僕もそれを指摘した。そうしたらいつものようにのんびりと『私の気のせいかもね、自意識過剰っていうの?』って、例によってほんわか笑ってた」

「でも、本当につけていた人がいたとしたら、事故じゃない可能性が出てくる」

「うん」

「いつ云ってたの、それ」

来宮は真剣な様子で尋ねてくる。

「事件の十日くらい前かな。僕のバイト終わりに、新宿でご飯食べた時」

「高文、それ警察に云った?」

「ああ、昨日葬式に刑事が来た。受け持ち事案で亡くなった人の葬儀には顔を出す主義だとかで、伯父さんに挨拶してた。家族葬なのにどうやって知ったのかは判らない。何か警察独自の情報網でもあるのかな」

そう云いながら、高文は刑事の顔つきを思い出していた。野生の大型猫科肉食獣を連想させる目をしていた。

「焼香の途中で隅に引っぱっていって、真帆姉の言葉を教えた」

「何て云ってた? 警察の人」

「イマイチ反応が薄かった。あまり関心がないみたいで」

「何それ、その刑事、やる気あるの。重要な情報かもしれないじゃない」

憤慨する来宮をなだめながら高文は、

「確かに僕も頼りないと感じた。だから自分でも調べてみようと思った」

「なるほどね、うん」

と、来宮はビールをぐいっとあおる。そして腕組みして、しばらく黙って何か考えていたかと思ったら、

「よし、こうしよう。それ、私も手伝う」

「え?」

「助手に志願してあげようって云ってるの」

「いや、何で」

「探偵には助手は付き物でしょ。っていうか高文一人じゃ心配じゃない、口下手だし。人に会って話を聞くケースだってあるだろうし、高文、ちゃんと口回る?」

確かにそう云われると心許ない気がしないでもない。来宮のほうが遥かに口が達者だ。

「ほら、私が手伝ったほうが効率いいよ、きっと。だから助手になってあげる。ありがたく思いたまえよ」

何だか偉そうな口ぶりで、来宮は云う。時折、突拍子もないことを云い出す傾向があるのだ。

しかし確かに、来宮も時間の都合がつきやすい立場ではある。何しろこの世で最も自由なフリーターの身分なのだ。本人曰く「何になるか探している最中」らしい。短大を出て、周囲の人がほとんど就職したのに、敢えてフリーターになったのもその目標のためだという。この春、卒業と同時にそう突拍子もない宣言を打ち立てて、親父さんにどやされた挙げ句、国分寺の実家を叩き出されたそうだ。そうした経緯で来宮は、似たような境遇の同級生とこの阿佐ヶ谷にある賃貸マンションに入居してルームシェアをしている。時間単位の単発アルバイトばかりしているから、自由が利く。宅配イートというデリバリーのバイトを中心に、いくつかのバイトを掛け持ちして、何にも束縛されないフリーの立場を満喫している。といっても社会的保障がまるっきりないのが心細くはないだろうかと、高文などは思うのだが。

「探偵と助手、この黄金コンビは鉄板の設定でしょ」

もやし炒めをわしわしと食べ、ビールで流し込んで来宮は主張する。

「コンビ探偵に普遍性があるのは、誰もがそれを求めているからなの。世にコンビ探偵の種は尽きないでしょ。師弟探偵、親友コンビ、上司と部下の相棒、先輩後輩コンビ、警察犬と指導官、各種バディ物、あ、夫婦探偵ってのもあるね、私達にぴったりじゃない」

呑みかけたビールを噴き出しそうになり、高文はむせた。誰が夫婦だ、誰が。水分が気管に入って咳が止まらなくなる。げへげへげへと、高文は咳き込んだ。

来宮は自分がおかしなことを云った自覚がないようで、目をぱちくりさせて、

「どうしたの、急に。喉の調子でも悪い? のど飴、あるよ」

そう云って、いつも持っている臙脂えんじ色のバッグの中を探る。このバッグはキャンバス地の大きめのトートバッグで、来宮はやけに気に入っているらしくこのところずっと愛用している。マチがあるので収納力は高そうだ。

「あれ、飴、どこだっけ。入れたはずなんだけど」

と、ごそごそやっているうちに、中から物を取り出し始めた。次々と出しては、テーブルの上に並べて置く。たちまち小間物屋の店先のような様相を呈してくる。化粧ポーチが大中小と三つ、財布、定期入れ、スマホ、モバイルバッテリー、充電ケーブル、イヤホン、キーホルダー、畳んだエコバッグ、文庫本一冊、ポケットティッシュが複数、ハンドタオル、折り畳み傘、ウエットティッシュのパック、ハンドクリーム、スケジュール帳、目薬、何が入っているのか不明の厚みのある封筒──。

「変だなあ、どこやったっけ」

これだけ並べてもまだのど飴に到達しない。それどころか、バッグの中は未だにカラにならないようで、探り続けている。

「あのさ、来宮」

「なあに」

と、バッグの中を漁って目も上げないで、生返事の来宮。

「ちょっと気になったんだけど、それ、何?」

◇  ◇  ◇

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