アメジスト色の彼女|掌編小説 色見本帖
1111字
「もっと自信満々のテイでいったほうがいいと思うな」
数年ぶりに立ち寄ったラーメン屋の片隅。オレは今夜はじめて会ったその女に、説教を垂れる。
「テイですか??」
「そう。フリでもなんでもいい。鎌をかけるってやつ」
カマ?と顔にはてなを浮かべ、ぽやっとしている彼女。
ここのオヤジさんの娘だが、ニンニクくさくもなければチャイナドレスを着ているわけでもない。なんというか、森の妖精みたいなはかなさがある。
テーブルに並んでいるのは、鉱物25種類。石ころにしかみえない物体もまじっている。目を閉じて深呼吸をし、無の状態に。目を開けたときの直感で4種類をえらぶ。
石にギトギトの背脂がつくんじゃないか?アンバランスもはなはだしい。
雑念だらけのオレは、まさに冷やかし。こんなんで深層心理がわかるかっての。
細い指先がだいじそうにひとつずつ、地球のかけらにふれる。
淡い紫、乳白色。すべすべとゴツゴツ。なんの手も加えられていないそれらは、説明のつかないエネルギーを放っている。
ゆったりとしたしぐさに心が凪いでいく。彼女は隣り合う石を組み合わせ、ささやくように3つのメッセージを読む。
カードに印刷された文字を読み上げているだけ。それなのに、心に直接語りかけられているような心地よさと不安を感じた。見破られるのは避けたい、自己防衛の現れだろうか。
「あなたは今、岐路に立っています。心がより強く求めるほうへ、一歩踏み出すときです」
ありきたりのフレーズにヒヤリとする。悩んでいる自覚はない。が、たしかに選択を迫られ、こうしてさびれた商店街にやってきた。
「そもそも、なんでこんなことしてんの?」
攻守交代といこう。神秘的なその時間を、オレは無理やり断ち切った。
「えっと、石がすき?」
「疑問形?」
「いえ、大好きです」
別人のようにきっぱりと、彼女は言った。その瞬間、背筋の伸びる思いがした。
よくできました、と頭をなでそうになって思いとどまる。初対面ですることじゃない。さりげなく手を引っ込めたつもりが、一連の動作を彼女の目が追っていた。紫色のピアスに見透かされている。
「900円は安いな。もっと上げたら?この先の宝石店に誘導してマージンもらうとかさ」
雷が落ちたかのごとく、目を見開く彼女。
「ちなみにオレのじーちゃんの店」
「え?そうなんですか?」
「ウソだよ」
正直者すぎて心配になってきた。だますどころか、カモにされるほうだな。
「さっき告白されたし、記念になんかおごるわ」
「え……?しましたっけ?」
全力で不思議がる目。キラキラと見飽きない魅力にあふれている。
おかげで店を継ぐ覚悟はでき、ついでに提携相手も見つかった。
「名前教えてよ」
沼に足を踏み入れたのは、オレのほうだった。
(おわり)
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