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BOOK&BAR Rayカドワキ 3/3 短編小説

半年ほど前、駅前のカフェで礼を見かけたことがあった。
見ためも口調もキリッとしていてあまりにも店での印象とちがっていたので、伊吹いぶきは聞き耳を立てた。

トークイベントに出てほしいと、とある作家の関係者に直談判しているらしかった。タブレットで企画書を示しながら、切れ目なく熱く語る。
あそこまで話せるのは、相当な労力で準備していた証拠だ。
イベント会社の敏腕社員を彷彿ほうふつとさせる交渉っぷりだった。

お店と従業員を、大切に思っているんだろうな。
仲間に囲まれてリラックスしきった姿とのギャップに、伊吹は思いがけず撃ち抜かれてしまった。

***

「てことで、責任取ってお付き合い開始~。パチパチ~」
「筋を通させてもらいやす、あねさん」
あれよあれよと、公認の彼氏彼女にされてしまった。

「なんかごめん。よろしく」
「こちらこそ、ごめんなさい。外堀埋めちゃって」
「え?」

昨晩、酔いつぶれた彼は吐くことしかできなかったため、ちゅー未遂以外、何もなかった。
お店の名前ひとつとっても、自意識過剰に思われるからイヤだと最後まで抵抗したそうだが、結局は周りに押しきられたという。

何が気に入られたのか確信は持てないが、酔いざましにとふるまった、ごまわかめおにぎりと特製枝豆しじみ汁が功を奏したのかもしれない。
皮ごとゆでた枝豆から上品な出汁が出て、疲れた胃にみわたる自慢の逸品なのだ。

***

「嫉妬フェーズ、入れる必要なかったな」
道哉がこっそり耳打ちしてくる。
ターゲットの相棒は、このうえなく有能な協力者だった。
「ま、もともと中条さんは礼のどストライクだから、趣味に走って即採用だったと思うし」

彼の一挙手一投足をつぶさに観察・分析し、最適な攻略法をはじき出した結果である。
交際開始記念に飲みにいくか、と道哉がニヤリとし伊吹と礼はふたりして青ざめたのだった。

(おわり)

*23年8月に公開していた作品です
改題・修正し、再掲します

#短編小説 #私の作品紹介 #賑やかし帯  

 


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