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細やかな気配り溢れる五島美術館


閑静な住宅街にある美術館

 先日、東急大井町線の上野毛駅から徒歩約5分のところにある五島美術館を初めて訪れた。こちらは東急グループの礎をつくった五島慶太翁(1882~1959)の敷地の一部を美術館にし、五島氏が半生をかけて蒐集した日本や東洋の古美術品を中心に展示している。
 駅から美術館への道のりはたったの5分だが、この辺りにはまだ大きな邸宅が残る。相続税などの問題で土地がどんどん切り売りされ、同じような味気のない家が建てらていくのとは違い、ゆったりとした区画に大きな木々が風に揺れている。すぐ近くには環状8号線が通っている事を忘れさせてくれる家々を見ながら歩を進めるのも楽しい。
 本当にこの先に美術館があるのかしらと思わせるような閑静な住宅街を歩いていくと、長く続く土塀が見えてきた。目的の美術館だ。

ロッカーには細やかな気配りが

 入り口には係の方が立っていてチケット売り場へと案内してくれる。筆者はなぜかいつも大荷物になってしまうため、ロッカーを拝借することにしているのだが、こちらのロッカーには感動してしまった。
 リュックから持ち物をごそごそと取り出しながら、ロッカーに水筒を置いたときに、何となく違和感があった。置き方が悪く倒れてしまうかと瞬時に置き直したのだが、やはり違和感がある。何かが変だ。そう思ってロッカーをよくよく見てみると、ロッカーにはカーペットが敷かれていたのだ。しかも清掃が行き届いているのであろう、清潔感もある。
 カーペットが敷かれているロッカーは初めてだ。なんと心が行き届いているのだろう。金属のロッカーはどこか冷たい印象を受けるのだが、温かくもてなされた気持ちになる。

奥行がたっぷり採られたロッカーには、清潔なカーペットが敷かれている

 今回の展示は「夏の名品展 一味爽涼」(開催期間:2024年6月25日から7月28日)とあるように、「夏」と「涼」をテーマにしている。チラシに掲載された、いかにも涼し気な白磁や青花磁器に惹かれて訪れた。
 展示室に入ると、スタッフの方が軽く会釈をしてくださる。だからといって、来館者に立ち止まらせてしまうようなものではなく、ごく自然にさりげなく行われるので、とても気持ちが良い。こちらも観せていただく、という謙虚な気持ちが自然に沸いてくるようなふるまいになっている。
 もちろん、ほかの美術館でも会釈をしてくださるスタッフの方もいらっしゃる。しかし、中にはいかにも監視の目を光らせていますという人もいる。職業的にそうせざるを得ないのだろうが、なんだか満員電車でギスギスしている時と同じような気持ちになってしまうこともある。

庭園から見た本館は2017年に国の登録有形文化財(建造物)に登録されたそう。
芝生の先には傾斜地を利用した庭園が広がる。

自然環境をほぼそのままに残す庭園

 涼しい展示室でゆっくり展示品を観たあとは庭園へ。といっても、こちらの庭園、本館前に広がる芝生の少し先は鬱蒼とした緑のトンネルの中、崖を下るつくり。庭園案内図によると、「多摩川が武蔵野台地を侵食してできた『国分寺崖線』上に位置」しているそうで、高低差は35mあるそうだ。

結構な傾斜だが、しっかりと石段が組まれているせいか、それほどきつくない。
写真右手には東急大井町線が走る。
木々の間からは、すぐそばを通る東急大井町線の電車が見え、
ここが都心にほど近い住宅街であったことを思い出させる。

 五島氏がこの地を購入した当初からある自然環境(地形)をなるべく残して、蒐集した石塔や石灯篭、石仏などを配置したと案内にある通り、そこかしこに石仏などが置かれている。狛犬代わりなのか、2体の羊の石像が鬱蒼と茂る草の間から顔を覗かせ、遠目に見るとあたかも羊が草を食んでいるかのような、なんとも愛らしい姿も見ることができる。

大日如来像の前には羊の石像。まるで羊がのんびり草を食んでいるよう。
庭園内には、稲荷丸古墳もある。発掘調査は行われていないそうだが、このあたりは約3万円前の旧石器時代に、狩猟や採集をしながら回遊していた人々が一時的に滞在した場所で、縄文時代前期には竪穴式住居を建ててムラを形成していたのだとか。

急な雨には貸傘対応まで

 30分ほど散策しただろうか、そろそろ閉園の時間が近づいてきたので本館へ戻った。荷物をまとめていると、ちょうど雨が降り出したようだ。
 すると出入口のところに5~6本の貸傘を持ったスタッフが立っている。急に雨が降り出したため、雨具を持っていなかった来館者へ貸し出しているようだ。筆者は折り畳み傘を持っていたので借用することはなかったが、なんと至れり尽くせりな事か。
 ロッカーに敷かれた清潔なカーペットに始まり、来館者への会釈、鑑賞の邪魔をしないようにそっと立ち位置を変えるスタッフの気配り、急な雨での貸傘対応…。こうしたサービス精神は、東急グループの理念から来ているのだろうか。
 日々のギスギスした気持ちをさらっと洗い流してくれるかのような美術館だ。しとしとと降る雨の中、そんなことを考えながら駅へと向かった。

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