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ゴッホは自殺、それとも他殺? 3


 「ゴッホは自殺、それとも他殺? 2」では、ゴッホを死に至らしめた拳銃はどこで入手したのか、自殺だとしたらその動機は何だったのかを、いくつかの書籍からみてきた。

 ここではもう少し、ゴッホの言葉などから見ていきたい。

今だったら生き延びられたのか?

 1960年代に農民が現場付近で見つけたという拳銃は、「口径が、医師が診断した際に記録した銃弾と一致している」という。今であれば、発見までにこれほどの年月を経なかったかもしれない。

 また、傷口やその角度などから弾道距離を導き出したり、拳銃から指紋を採取したりすれば、自殺か他殺かもはっきりしたであろう。(発見された拳銃のグリップ部分は枠以外欠損)

 医学も当時より進歩しているだろうから、いろいろな処置もできた可能性が高い。そうなれば、もう少し生きられたのか、逆に生き延びるのことはゴッホにとって酷となったのか。

他殺説は無理がある?

 ただ、死の何日か前に宿の主人・ラヴーに「もういけない、最期が近づいた」と話していることを考えると、自分の銃だとインタビューで答えているルネ・スクレタンの虚言だった可能性が出てくる。

 別の書籍によると、ルネ・スクレタンという人物は「何度もくりかえし語られたあげくの粉飾があちこちにみられることを銘記しておかなければならない」とされているぐらいだから、信用に欠けるだろう。

 ゴッホは死の直前に絵具を大量に注文していることから自殺説を否定する向きもある(手持ちの書籍からは確認できず)。だが、「人が自殺をはかるのは、絶望のどん底にいるときよりも、危機を脱出して積極的な行動ができるようになったときというのは事実である」(『ゴッホ』より)とあるように、少し明るい兆候が出てきたときのほうが危ないというのは、今も同じである。

他殺説は少し無理がある?

 ゴッホが警察に語った「誰も責めないでください」は誰のことを指していたのか。自らが死を選んだ理由をテオやその家族のせいだと思わせたくなかったことから発した言葉だったとも考えられる。

 あくまでも筆者の想像だが、見つかっていないイーゼルや画材は、村人が適当に捨ててしまったとしたらどうだろう。なにせ、当時はまだ絵が評価される前のこと。ましてや農民たちがどこまで絵の価値をわかったのだろうか。しかも精神の病から来る言動のおかしさなどから、周囲の人々に疎まれていただろう人物のものである。

 とすると他殺説は、やはり少し無理があるか。当時のことを自慢げに回想していたという、(兄より)さらに俗っぽい悪ガキ・ルネだけが、この説を一人面白がっているかもしれない。 

<参考文献ほか>
「ゴッホ拳銃2千万円で落札 パリで競売、自殺に使用か」(日本経済新聞社 2019.6.20)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46334530Q9A620C1CR0000/

「ゴッホが自殺に使用した銃、1570万円で落札 予想額の2倍」(ロイター 2019.6.20)
https://jp.reuters.com/article/france-vangogh-gun-idJPKCN1TL03P

『ゴッホ 100年目の真実』デイヴィッド スウィートマン著、 野中 邦子訳 文藝春秋 1990年発行

『ファン・ゴッホ フィンセント』大久保 泰著 日動出版部 1976年発行

『VAN GOGH ゴッホ全油彩画』インゴ・F・ヴァルター、ライナー・メッツガー ゴッホ全油彩画 (25周年) (Klotz S.) 2007年発行

『ゴッホ展』国立西洋美術館監修 東京新聞 1985年発行

『ゴッホ 新調美術文庫29』日本アートセンター編集 新潮社 1974年発行


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