ショート 定年退職
私は去年定年退職をした。職種が、広報だったので、退職はしたものの、暫くは外部供託として務めることになった。と言えば、世間体は良いが、実際は退職金の遅延によるものだった。退職の日、妻は晩酌とちょっと洒落た料理を用意してくれていた。
退職金は貰えていないが、妻は何も聞いてこない、それが、苦しくて、話してしまいたくなって、顔を上げたら、別の言葉が口をついて出た、「あれ! 懐かしいなあ、その真っ赤な口紅、似合っているよ」
妻は、フフッと笑って「そう?まだ似合う?良かった」と言った。
「そういえば、前はずっとその色だったよね?いつから止めたの?」
「結婚以来よ、気づかなかったの?」「へぇ〜、どうして?」
「バカねぇ、大事な旦那に、紅色のハンコ、押しまくる妻なんか居る分け無いじゃない」って、なるほどである。
風呂を済ませ、「おやすみ」と言う妻に、「あのさあ、退職金なんだけど」と言いかけると、「いつ来るか分からない、楽しみ ってことで良いじゃ無いの、共働き、舐めんな!」って笑う、「貯金どれくらいあるの?」と、問うたら、クルッと振り向いて、両腕で大きなハートを描き、「これぐらい」と言って、欠伸をしながら行ってしまった。
仕事部屋のパソコンをYouTubeにして、鍵のかかった引き出しをそっと開け、灰皿・タバコ・ミニウイスキーを取り出す。カップの底に少し残っている、古いコーヒーをティッシュで拭き取り ウイスキーを注ぐ、タバコに火をつけ煙を吐きながらモルツを舐める。昨夜までは、この時間から残務処理に追われていたんだ。
寝る気になれなくて、映画を一つ見た。このまま徹夜してしまいそうだ。妻は怒るかな? そうか、だから、先に寝たんだ。
何だか少しだけ、幸せになって来た。
夜が開けそうな時間に、
Noteというページに辿り着いた。
おしまい