見出し画像

泣き虫裕二の大冒険−2

アンタの葬式は俺が出す

あれから裕二は泣かなくなった。泣かなくなったら、優しくなった。意見もハッキリ言う、そして空手部に入部した。理由は、もう面の必要がなくなったから、でも本心は強くて立派なお巡りさんになりたいから!と言った。源さんたら、思わぬ跡取りの出現に機嫌が良い、そして今度は源さんが、涙もろくなった。まあ、年齢的なものかもしれないけれど。

中学を卒業する頃には裕二は逞しくなり、身長も伸びて、剛先生よりずっと背が高い!源さんも、俺も、とっくの昔に抜かれている。ただ、今のところはヒョロ長い!高校受験も無事済んだ。難関と言われる高校だったし、ある日曜日、源さんの主催で、スワンにてお祝い会をした。都会の高校なので、ここからは遠いのだ。それで、源さんと裕二は都会のマンションに引っ越す事になった。

そうなんですよ、おめでとう!と、さよならが、一緒にやって来てしまいました。源さんは顔色も良く、ツヤツヤで、裕二も笑顔が弾けています。店中がバンザイ三唱でお開きになりました。

そして平日の水曜日2人はオムライスで昼食を済ませると、トラックで去って行きました。早朝から、モーニングセットに追われている中、焼き魚セットを食べ終えた剛君が、レジで、俺を指差して、なるべく早く帰って来るから、泣くなよ!と、揶揄って出かけて行きました。いつも同じ席を独り占めしていた源さんの席に、今日は屋外仕事らしい3人組が居る。3人ともカツ丼だ。一応喫茶店なんだけどね。

おまけにさ、うちの唯一の花! アルバイトの康子ちゃんが。研究職に着くんだって、なんでもヘッドハンティングらしい、一応行ってみるが、ダメだったら戻って来るって、ありがとうの花束を貰って、母親代わりを買って出ていた、電気屋の奥さんが泣いてたよ。

子供はどんどん大きくなるなあ、別れた俺の娘も子供なんて居たりしてなあ、どこかで、俺だけが気がつく状態で見たいな、例えば、カーブでスピーを落としてすれ違うバスに乗っていて、俺だけが気付いて、ゆっくり通り過ぎたら良いね! 

近頃は客も増えて、結構忙しい、そんな中、今年初め頃出来た、コンビニの店員が朝に晩に寄ってくれる。こいつが面白いやつで、趣味がツーリングと廃墟巡り、カメラ片手に飛び回り、上手くいったら幽霊の写真も撮りたいそうだ。腕に刺青なんてしているから、痛かっただろう? と聞いたら、大笑いしながら目の前で、剥いで見せた。もう、びっくりしたよ。

その年は、雪が早くて、まだ10月に入ったばかりの頃に、窓の外は白くなっていた。久しぶりに裕二から電話があった。バリトンなんだもの、名前を聞くまで分からなかったよ。聞けば、源さんが入院したと言うのだ。昨日の夜、源さんがいつになく呂律が回らない、ハッとして裕二は、嫌がる源さんを車で病院まで連れて行ったら、脳梗塞だった。気付くのが早かったので、今安静にしていて、明後日手術だと言うのだ。俺に電話してくれたのは、手術費用のことだ。裕二は32万円バイト代を貯金しているが、足らなかったら一時的に貸して欲しい、必ず返すのでお願いします。と言われた。勿論即答でオッケーだ。明日必ず行くからねと言うと、裕二はチョット泣いた。

明日は、常連さんに店を頼んで出かけることにした。剛君に車を借りようと思い、夜の食事に来た時にお願いしてみた。すると飯を頬張ったまま、嫌だと言うんだ。「俺が運転して、マスター乗っけていくから、チョット待って」だってさ、なんか言おうとする俺を制して電話している「あ、俺だけど、明日、明後日の2日、事務所に行けないから、大丈夫だよね? うん任せたよ、何かあったら電話して」なんて言ってる、一応聞いてみた。「剛君って、会社で偉い人なの?」すると彼は、あっこれ、新しい名刺ね」って渡された名刺には、所長って入ってた。

剛君と俺が病院に着くと、明日に手術を控えた源さんが、ベットで穏やかに迎えてくれた。ほっとしたよー! と言う剛君の横で俺は、その表情に、まだ何かあると感じてしまっていた。

裕二が、初老の女性を伴って病室に入って来た。剛君が「やあ、お前デカクなったなあ!」本当にそうだ。ひょろ長いやつだったのに、今 目の前にいる裕二は、ガタイが良い大人になってた(まあ、見た目はね。)彼が一人前に、先生も来てくれたんだ。ありがとうございます。と頭を下げる。そして源さんの方を向いて「あの、源さん、この人が」と言いかけると、源さんが「ああ!裕二に合わせるの、は初めてだな、この人は俺の一人娘、富美子っていうんだ。入院中の世話を頼んだんだよ」富美子さんは、にこやかに裕二に頭を下げる。

裕二は「こんにちは、初めまして、裕二って言います。あの、源さんの世話なら全部俺がやるので、帰って下さい。」と言い放った。富美子さんは柔らかい笑顔で、ウンウンと頷いている。そこへ手術をする先生が入って来ると。源さんが「先生、娘も来ましたので、マスターと剛君には立ち会いをお願いして、先生お願いします」と言った。それぞれ持ち込まれた椅子などに腰掛け、静かに先生の話を待った。

先生が静かに源さんの現在の病状を説明し始める。

先ず、源さんの病状のご説明をいたします。ご子息の裕二さんの素早い処置で、脳梗塞の方は発見が早かったので明日の手術で問題はありません。本来なら1週間ほどで退院となるのですが、90歳と言うお歳のこともあり、肝臓その他の内臓に癌が見つかっています。これは手術で除去しても、正直なところどうすることもできません。ご本人様とも、お話ししたのですが、術後の余命は長くて3年、短ければ1年と行ったところです。私としては、術後退院なさらずに、余生を苦しむ事なく、穏やかに過ごされることをお勧めしました。

裕二は必死の表情で源さんを見ている。源さんは、話し始めた

「裕二には。本当に申し訳なかったんだが、暫く前から、体がどんどん弱って来ているのは、自覚していたんだ。医者に行こうとは思ったんだが、それより何より、裕二が日々成長するのを見るのが、楽しくてねえ、裕二君 慌てさせて、すまなかったね、先生の言う通り、俺はマンションにはもう帰らない、全部お前にやるからね、それで富美子にも来てもらったんだ。万が一、術後意識が戻らなかったらと思ってね」富美子さんは言った「私はね、父から電話をもらっていたの、父の遺産は放棄するので、沢山は無いけれど、医療費や、お葬式の分を除いても、残るから、裕二君への父からの最後のミッションよ!残ったものを貰ってくれて、それを自分のために使うこと! 分かる?」裕二は黙って聞いていたが、やがて「わかった。先生、源さんが苦しくないように、少しでも長く楽にいられるようにお願いします。それから、源さん!」源さんは、ん!ッと裕二見る。裕二は立ち上がり。デッカイ声で、「アンタの葬式は 俺が出す!」と言った。源さんは笑って。敬礼をし「ハイッ!分かりました。お願いします」と言った。

源さんは、年を越すことさえ出来なかった。年末の休みに入って、客達はいつもよりノンビリ見える。夕方になって剛君が来店する。食べ終わった器をカウンターに持って来て、「ねえマスター、アンタの葬式は俺が出す! 俺、金あるんで!」なんて言うんで、「ありがたいね、後、20年後ぐらいに頼むよ」と言ったら、エッそんなに?エッ長いの?エッ?エッ?

来年の松飾り どうしようかなあ

おしまい

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?