小説/ヨロズ承り社 その5
廃村の箱庭
調査のため、水曜日に、上東風蔵村へ向けて出発することになった。新しいノートPC、カメラ、ドローンその他装備は全て揃えた。車も点検を済ませた軽トラと新たにジープが加わった。1ヶ月留守にするため、社屋の管理をお願いしたご近所さん達に見送られて出発した。道の駅で、清に紹介された土木会社の3人と合流した。1人は社長で山口巌(いわお)さん、2人は測量士で、鈴木俊哉さんと川上一郎さんだ。道の駅で美味い食事を済ませると、車3台は上東風蔵村を目指した。風景は次第に山道になっていく、ナビでは到着まであと5時間、午後3時までには着くと思われた。
目的地近くで、山道をこちらへ来る対向車が2台、4tトラックのようだ。車体はかなり古くて、荷台は空だ。清が言っていた、不法投棄の業者か? かなり危険な山道をゆっくり此方に近付いて来る。遠目には先頭車両に2名、継続車両に1名乗っているようだ。こちらは先頭車両は軽トラで、隆一が運転で助手席にはデカイ清の体があって、そのせいで俺たちは前が見えない、続く車両は山口社長達のワゴン車、最後は俺が運転する、助手席に康平のジープだ。対向車の2人が山側へ避けろ、みたいな合図を送って来る。山口社長からスマホに、警察に連絡した。ここで奴らを止める。証拠写真と出来れば動画も撮っておいてくれ、と連絡があったので、俺は車外にカメラを向け、康平は一眼レフで撮り始めた。
隆一は強気に車を進める。対向車も中々強気で、3メートルほど開けて向かい合わせに止まった。隆一は下車して、パックしろと、大きなボディアクションをする。康平が「こうして見ると、あんちゃんもデカイよねえ」という、「190センチ越えだものねえ」対向車の人が大声で何か叫び出した。俺たち2人はジープを転げ降りて動画と写真をひたすら撮りまくった。日本語じゃ無い上に早口で、全く分からないのだ。そして先頭のトラックが、無理矢理に山側に乗り上げて、すれ違おうとするつもりか、ハンドルを切って発進しかかった。そのトラック全面に清が、ヌッと立って両手で車両前面をバーンと叩いた。いや違う!トラック前輪が宙に浮いてる。清が持ち上げてる!スゲー! 結構持ち上げておいてドーンと落とした。中の2人は戦意喪失どころではなく、お互いに捕まりあって声も無い。ワゴン車の3人が引き摺り出すと、地面に座り込んでしまった。後部トラックの1人は飛び出してきて、座り込む2人にぴったりくっ付いていた。清が「ほら、立て!」と手を差し伸べると、3人は、ブンブンと頭を振って泣き出してしまった。結局3人は、自分の上着で両手を縛られ、ワゴン車に押し込まれた。警察と付き合いの長い山口社長が、暫く電話していたが、ここいらは、地理的に警察車両の駐車が無理なため、このまま上東風蔵村まで連行していただいて、その上で不当業者3名を一晩お預かり願いたい、また某国の言葉が分かる警察官と入管の人も連れて行くので、お礼はするので、どうかお願いできないか、もしそれが可能なら、不法投棄の現地も抑えたいとも言っているそうだ。山口さんが引き受けるなら、もちろん俺たちも、快諾! 村に到着し、先ず軽トラから、プレハブを下ろし組み立てにかかる。人手が7人もいたし、道具も揃っているし、皆んな手慣れていたこともあり、あっと言う間に、ガッチリと建ち上がった。俺と清でワゴン車後部でカタカタ震えている3人を建物に連れて来た。隆一に促されてトイレを済ませ、大人しくパイプ椅子に座っている。随分痩せてんなあと言う印象だった。長時間の移動とプレパブ組み立てに疲れていた。捕物騒ぎもあったしな、俺がたらたらと10人分のコーヒーを準備していると、康平がテキパキと夕食の準備をしている。やっと旨いコーヒーを並べて、「康平!コーヒー入ったよー」と声を掛けると「持って来てー」と言うのでキッチンへ、思わずニヤける俺、なあなあ、カレー?カレーなの? そうだよ、山口さん達への歓迎用カツカレー! 清と隆一が、ダダーッと駆け込んできて、カツカレーなの? エヘヘ手伝おうか?なんて言ってる。「邪魔だ向こうへ行ってろ」と言われ。ニコニコ顔で中央の部屋へ戻ると、清が「イワさん、今日は例のカレーです。」と言うと、一緒にいた測量士2人組まで、ぱあっと笑顔になるのです。これは、早めにおかわりしないと! 無くなりそうだなと思う俺だった。
カツカレーは、絶品でした。10人前、お変わり一回まで、オッケーと云うことで、カツカレーハイになる俺、でも、一番幸せそうだったのは、囚われの3人だった。2人の測量士に挟まれアット言う間に食べ尽くしたその時、康平がお冷のおかわりと共に、もう一杯行くか?とジェスチャーすると、3人揃ってパアーと笑顔になる。そして合掌ポーズで、頂きます! 何だよ!結構可愛い顔してんじゃん、フフッ!二杯目だってちゃんとカツは付いているんだぜ!
康平と2人で食器洗いをしていると、「おおい! どうしたんだ? どっか痛いのか? 苦しいのか?何を言っているか分からんしなあ」と隆一の声がする。覗いてみると、皆に囲まれて囚われの1人が唸って泣いている、俺は直ぐに分かったね、歯だよ虫歯だよ、ほら!左側すごく腫れてるじゃん、隆一が、ほんとだ!どれ口開けてみろ!と顎に手をかけたら、唇が震えているのにぎゅっと口を結び逃げようとする。「清、抑えろ!」「おぅ」清に羽交い締めにされ、隆一に力ずくて口を開けさせられた。「ああ、これは酷いなあ、康平、救急箱持って来てくれ」小さく悲鳴を上げながら、大男2人に虫歯をチョンチョンされるその様子に、「これ普通に見て拷問じゃ?」とイワさんに言ったら笑っていた。結局、今治水を含ませた綿をシコタマ詰め込んで、解放されると、痛みが無くなった様で、少し元気になり、大人しくなった。俺は、夜眠ている時に、ソフトアイスノンを腫れている所にあてがってやったよ、その時には、もうだいぶ腫れは引いていた。
翌日、警察車両は5台も連なって来た。護送車と云うものを初めて見た。
ありがたいことに、パン・菓子・飲み物等の差し入れを頂いた。囚人と一緒に不法投棄現場の確認と護送をすると云うので、山口社長達3名と、警察車両は、囚人を連れて出て行った。証拠画像をイワさん達に託し、また夕方ね!と手を振ると、護送車両の後ろから3人の囚人が、ヒラヒラとずっと手を振っていた。
さて、俺たちも現地調査を開始した。大きく陥没した部分は、護岸工事が少し緩んでいて、無数に刺した筒からは、かなりの量の水が滴っている。専門家に相談して、再工事する必要があるだろう。残った大半の村は、凄くよく出来ている。特に道路は砂利を弾き、土で徹底的に固める。これを、何層も重ねている。これならデカイトラックも、何なら戦車が通ったってビクともするまい。
建物も、古くはあるが痛んではいない、俺達が東京で住んでいたアパートより何倍もしっかりした家だ。正確な地図を作るために、一件毎に四方面からの写真を撮っていく、作業を進めるうち、一件の大きな家を発見した。かなり大きな建物で他家と際立っていた。隆一が、ちょっと中を見てみようと言うので、入ってみた。広い正面の板張り、その奥に木の引き戸が6枚、ピッタリと閉じられている。長い年月が、引き戸を貼り付けてしまっていたために、清が怪力で引っ剥がした。ガタガタと開いた奥の空間に、数十年ぶりの日光が薄埃を纏って差し込むと、部屋の中心に広々とした箱庭が出現した。康平が「これ、この上東風蔵村だよ! ほらここに黒い郵便ポストもあるよ、消失した郵便局から上の方もあるよ」と言うのだ。本当だった。箱庭というべきか、村全体のジオラマ? いやいや、やっぱり箱庭だ。色付けされた紙と、木の枝等を使って、不器用に、でも土地の高低や尺などを、かなり正確に造っていそうだ。俺が「これ、そっくりこのままの状態でさ、事務所に運べないかな?」どれやってみようと清と隆一が手を掛ける。すると、台座部分がズズッと動いた。台座部分は三層に別れていました。三層の真ん中の段が少しだけズレて、そこに空間が見える。隆一のペンライトで中を照らして見ると、細い筒が縦横に何本も見えた。縦の筒は、どうやら井戸に繋がる様だ。
俺は大きな声を出してしまった。
「これ、この上東風蔵村の 立体設計図じゃないかな」
立体設計図!? 3人の声が揃った。
つづく
次回は、鋳物職人と空間
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