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イマジナリーフレンド(秋ピリカ応募作)

 2005年、私は大学生になった。今日も一枚の紙を眺めている。その紙には「私達はずっと一緒だよ」と書かれていた。ちいちゃんからの手紙だ。

 ーー私はあなたに会いたい。

 目を閉じ耳を澄ませ、記憶の片鱗をこの手で掴み取る。茶色い目をした少女が瞬きもせずにまっすぐ私を見つめている。諦めの色が深く沈む悲しいまなざしで。



 小学5年生になった夏、両親が離婚した。母親とともに移り住んだアパートはずいぶんと古く、歩くたびに畳がギシギシと大きな音を立てた。アパートの隣には線路が走っていて、電車が通ると振動が伝わってきた。もう部屋の間取りも思い出せないのに、踏切の音と電車が横切る音は今でも鼓膜の底に残っている。 

 同じクラスにはちいちゃんという無口な女の子がいた。外国の血が混じっているらしく、色白の肌に鳶色とびいろの瞳、少しだけ癖のある艷やかな髪が印象的な少女だった。

 母親は仕事で夜まで帰ってこないので、毎日学校が終わるとちいちゃんの家に遊びに行った。そこで宿題をやったり漫画を読んだりして過ごした。ちいちゃんの家は小学校のすぐ裏にあり、田舎にしては珍しい洋風の大きな一軒家だった。

 ちいちゃんの両親は外国に行っていて、彼女はおばあちゃんと二人暮らしをしている。でもおばあちゃんの姿を一度も目にすることはなかった。

 私達はいろんな事を話した。クラスの女子のこと、男子のこと、お父さんのこと、お母さんのこと。ちいちゃんは大人になったら外交官になりたいと言っていた。私は外交官とは何をする人なのか全然想像が出来なかった。

 この子はわかってくれていると思った。空の色の寂しさも、遠くからやってくる秋の落ち葉の匂いも、体の成長とともに自分が自分でなくなってしまう心細さも。どんなに心が拒否していても、背は伸び胸はふくらんで、やがて初潮を迎える。そうした体の変化に戸惑いだけが置き去りにされ、不安を纏った自分の影を引きずって歩いているような感覚があったのだ。私は子供でいたかった。そんな些細な事を分かち合う存在がいることで、私が私でいられるような気がした。

 でも、ちいちゃんは小学校卒業と同時に外国へ行ってしまった。「私達はずっと一緒だよ」という紙を残して。

 手紙も、私の想いも、国境を越えることは出来なかった。


 
 大学生になった私は今でも彼女の輪郭を胸に思い描く。

 不思議なことがあるのだ。小学校の同級生は誰一人としてちいちゃんを知らない。彼女は卒業アルバムに載っていないし、五年生の時に行った修学旅行の集合写真にも写っていない。

 心に冷たい影が差し込むたびに、私は小学校の裏にあったちいちゃんの家に向かう。その場所はもうずっと昔から墓地なのだった。

 あなたは私の記憶のなかにしか存在しないのかもしれない。

 それでも私は。

 忘れないから。あなたはずっとずっと、私の大切な友達。


 了


(1184文字) 



 この度はじめてピリカグランプリに参加させていただきます。ドキドキしています。

なにやら忙しく、一ヶ月ほど小説を書いていなかったら、書き方を見失い途方に暮れていました。

貴重なご機会を与えて下さった
ピリカ様、運営の皆様、審査員の皆様に感謝申しあげます。宜しくお願い致します。



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