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ジュシュア

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我々が探訪するのは、地球の反対側、ウクライナという国。その地で急速に進行中の現象、「ランドラッシュ」。これは国境を越えての農地獲得の一大潮流であり、水環境の転換等と共に世界的な課題となっている。

ウクライナと言えば、その地理的位置からすれば、西側はポーランド、ハンガリー、ルーマニアなどと隣接している東ヨーロッパの国。一方、その東側は広大なロシアに面している。この国はソビエト連邦の崩壊と共に独立を遂げた、1991年に生まれたばかりの新国家である。これらの地理的、歴史的背景が、ランドラッシュという現象にどのような影響を与えているのか。

ウクライナの人口は2019年の時点で約4198万人、その広大な国土は日本の約1.6倍にも及ぶ。そんな大国ウクライナの国旗は、見事なまでのシンプルさを持つ。上半分は空のような水色、下半分は豊かな麦畑を思わせる黄色から成る。

そしてウクライナの風景は、その国旗を見事に体現している。国土の至る所で、水色の空と黄色の土地が一体となった風景が広がっており、それはまさに国旗が象徴する国土の色彩そのものである。

ウクライナの壮大な地平線に視線を向ければ、雲一つない碧い空が広がり、その美しさに息を呑む。そして、その直下には、近く収穫の時を迎えるトウモロコシや大豆の畑が、まばゆい黄金色に染まっている。

これがまさに、ウクライナの国旗が描く風景そのものだ。その上半分の水色は無限に広がる空を、下半分の黄色はその下に広がる豊穣の畑を表現している。こうした光景は、ウクライナを訪れた者にとっては、まさしくその国の象徴と言える典型的な風景なのである。

私がウクライナを訪れたのは、黄金色に熟した穀物が収穫を待ちわびる九月のことだった。その旅は、ウラジオストクで出会った日本人ビジネスマンの話に引き寄せられた結果で、彼はウクライナで農地を一つまた一つと手に入れていたのだ。彼の伴侶として、私はその冒険に同行させてもらった。

私たちが首都キエフを車で離れ始めると、わずか20分程度で都市の雑踏は遠くに消え、視界に入るものはほとんどが畑ばかりとなった。広大な土地が一面に広がり、建物の姿はほとんど見えなくなったのだ。

ウクライナの広大な国土の約60%は農地で占められており、その多くは「チェルノーゼム」――一言で表すと、深く黒い土――と呼ばれる肥沃な土壌で覆われています。これは、世界でも特に生産性の高い土地として認識されている。

そしてこの広大な土地は、小麦、トウモロコシ、大豆などの穀物が大量に生産される一大拠点となっている。この肥沃な地帯は古代から「ヨーロッパのパンかご」と称され、その名の通り、ヨーロッパの食卓を支え続けてきたのだ。

北海道を見渡してもなかなか目にすることのない巨大な物体が、一直線に整然と立ち並んでいた。その形は無機的な円筒形で、その大きさは20メートルを優に超えるものもあった。これらの巨大な構造物が、あたかもボウリングのピンが並んでいるかのような風景を描いた。

これらの物体は、実は大量の穀物を保管するためのサイロという名の建築物である。広大なウクライナの農地から収穫された穀物を、こうしたサイロに預けるのだ。

私たちが乗り込んだ車は、その驚異的なサイロの下で停止した。その巨大なサイロの影の中に立つ、黒髪で端整な顔立ちの大柄な男性が待っていた。

その男性の名前はジョシュア・グレンコである。彼は、バルカン半島中央部からここウクライナに足を踏み入れ、農業生産法人「アグリ・インベストメント・ウクライン」のCEOとして活動している。彼の存在こそが、このウクライナの広大な農地と、その上に立つ驚くべきサイロをつなげる大事なピースである。

ジョシュアは瞬間的に判断を下す、非常に鋭敏な人物であった。彼と初対面したわずか一時間前、我々がオフィスに訪れたとき、彼は必要最小限の挨拶を交わしただけで、何か見せるべきものがあると即座に我々を案内し始めた。

物語を語るのは、その何かを我々の目で見てからだ、と彼は言った。そして、彼が我々に見せたかったのは、最新の設備を備えたこの驚くべき規模のサイロだったのである。

眼下に広がるサイロは、その一つ一つが高さ二十五メートル、直径二十二メートルの巨体を誇り、敷地内にはすでに九つも並んでいる。その圧倒的な大きさは、一つのサイロにつき、なんと七千トンの穀物を保管する能力がある。しかも、現在まだ建設中であり、全てが完成した時には、総穀物保管量が十一万三千トンにも達するという。

その規模は、世界でも最大級である。

畑から直接採取された穀物は、その豊潤な収穫物を運ぶための八トントラックに積み込まれ、この巨大サイロのもとへと運ばれる。この日、私が訪れたときは、トラックが絶えずやってきており、その全てが大量のトウモロコシを積んでいた。

トウモロコシは、まず入り口で位置する検査場にて品質が検査される。その後、床面に設けられた穴状の取り入れ口に向かって大量に流し込まれる。大型トラックの荷台が斜面と同化するように傾斜し、ストッパーが解除される瞬間、トウモロコシは一気にザーザーという轟音と共に流れ落ちる。その光景は見る者を圧倒する壮観であった。

その次に行われるのは、ベルトコンベアによって保管庫へと運び込まれたトウモロコシが、一定の水分含有率になるまで乾燥のプロセスを経ることだ。乾燥後、異物を取り除くためのクリーニングが施される。その後、精密に温度と湿度が制御された状態で、保管されることとなる。こうした一連のプロセスを通じて、トウモロコシは最適な保存状態を保つよう仕立てられるのである。

そして、市場価格が高騰するタイミングを見計らって、これらのトウモロコシはサイロ内で厳重に保存される。売買の最適な瞬間を追求することによって、より高い利益を得るための準備が整うのである。

我々がコントロールセンターへ足を踏み入れたとき、圧倒された。保管庫ごとの温度や湿度を制御する機器が図書館の本棚の如く密集して配置されていた。

その中心に配されたコンピュータのディスプレイには、穀物の流通状況を示すデータや、各保管庫の環境詳細といった情報がリアルタイムで表示されていた。穀物の運搬から乾燥、クリーニング、さらには温度調整まで、全ての工程がコンピュータ制御により自動化されているのだ。

「現行のこの業界において、我々のシステムを凌駕するものは存在しない。これこそが最先端のシステムなのです」CEOのジョシュアは、自信満々の表情で言葉を強調した。

このサイロの敷地には、専用の鉄道が設けられており、貨物車が待機している。このレールはウクライナ国内の鉄道ネットワークに連結しており、名高い黒海沿いの港湾都市、オデッサへと通じているとのことだ。ウクライナの肥沃な土地で収穫された大量の穀物が、セルビアの企業によって集積され、この巨大なサイロへ運ばれる。そして、鉄道を経由して、オデッサの港から全世界へと輸送されるのだ。

これらの穀物の購買者として挙がるのは、EU諸国に加えて、サウジアラビアを含む中東諸国や北アフリカの国々など、砂漠地帯で食料自給が困難な地域が大半を占めている。これらの地域では、ウクライナ産の豊富な穀物供給が食料安全保障を支える重要な要素となっているのだ。

「アグリ・インベストメント・ウクライン」社は、セルビア国内で広範に農業と物流業を営んでいるが、ウクライナの農地を手中に収めるために2006年に創設された。個々の農家との細かな土地取引や、経営難に陥った小規模農場の買収により、一貫して土地を集約してきた。

現在までに獲得された農地の総面積は驚くべき3万ヘクタールで、これは東京23区のおおよそ半分に相当する。広大な土地面積とその規模は、都市のビル群を俯瞰するほどの広がりを想像させる。

なぜジョシュアはウクライナの農地に対する拡大を止めないのか。その答えは、彼が強く信じる農業ビジネスの未来にある。

「現在、我々は世界的な人口増加に直面している。数年以内に地球上の人口は70億を超えるでしょう。その後も、10億人の増加が12年ごとに続く。これは何十年も先の話ではなく、すぐ目の前に迫った問題です。それに伴い、食料となる農作物への要求は急激に増加します。全世界が私たちが生産する食料を待ち焦がれている状況が訪れるでしょう」とジョシュアは強調する。

ジョシュアらが大規模農業に注力する理由は、耕作面積の制限に直面するウラジオストクよりも、豊かな農地が広がるウクライナの可能性にあった。

「ウクライナでは一万ヘクタール、あるいは二万ヘクタールといった大きな土地を一括で取得することが可能です。ヨーロッパの他の地域では農地が離れた場所に散在しており、そうした大規模な取得は難しい。しかし、ウクライナでは大量の農地を獲得し、大規模に農作物を生産することが非常に効率的です。現在、私たちはウクライナの3つの州で合計三万ヘクタールの農地を確保していますが、この一年間でさらに十万ヘクタールまで農地を増やすことができるでしょう」と彼は確信を込めて述べた。

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