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ランドラッシュ

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それは、「穀物市場システム」への信任が揺らぎ始めていたからである。


具体的には、2007年から2008年の「世界的食糧危機」が発生した時期に、既に全球の穀物取引に異常が現れ、グローバルな供給チェーンは機能不全に陥り始めていたのである。

以前までの世界の穀物取引は、「穀物メジャー」と呼ばれる巨大な多国籍商社が主導していた。このビジネスモデルでは、商社は生産国から小麦、大豆、トウモロコシなどを大量に買い付け、それを全世界の市場に供給していた。例えば、シカゴの穀物先物市場では、各商社が競り合いながら穀物を購入し、さらにその製品を全世界に販売していた。

しかしながら、この一度は確立されていた商慣習が、揺らぎ始めていたのである。この変化の兆しは、生産国の政府が直接穀物を購入しようとする動き、投資家や企業が穀物生産地を直接所有するという新たな動きによって、徐々に明らかになってきていた。

この商習の変革の引き金となったのは、「輸出規制」の導入だった。そして、その規制を推進したのは主要な穀物生産国の一部だった。

具体的には、中国を筆頭に、インド、ロシア、ブラジル、アルゼンチンといった国々が、穀物価格の急激な上昇に対抗するために、一斉に輸出規制を実施したのである。

驚くべきことに、主要な穀物生産国である17ヵ国のうち、なんと10ヵ国が、「自由貿易」の原則を捨て去り、輸出の制限に打って出たのだ。例えば、2008年、ロシアとアルゼンチンは、国内の食料供給を確保し、価格の急騰を防ぐために、穀物の輸出を大幅に制限した。

その結果、国際的な穀物供給ルートに大きな混乱が生じ、従来の取引パターンは大きく変わり始めていた。

自由貿易の原則に従っていると、取引価格の高い穀物は次々と海外へ流れていき、結果的に国内の食料価格は国際市場の価格に引きずられ、必然的に高騰してしまう。

それでは何が起こるかと言うと、国内の食料供給が不安定になる可能性が出てくる。例えば、2007年から2008年にかけての「世界同時食料危機」では、穀物価格が急騰した結果、各国で食料供給が混乱し、社会不安が広がったという事例がある。

そのような危機的な状況を避けるため、多くの穀物生産国は輸出規制という選択肢を取った。これによって彼らは、自国の食料供給を保証し、社会の安定を維持することができたのである。

「世界同時食料危機」が引き起こされる前まで、穀物市場では「自由貿易」が黙示的なルールとして広く受け入れられていた。具体的には、例えば90年代の全般的なグローバリゼーションの流れに乗り、多くの国々が国境を越えた商品の流通を積極的に推進していた。

この当時の思想として、「自由貿易の進展は食料の安定供給を実現する」という考えが主流であった。食料供給を安定させる最善の策は、制限を取り払い、自由に市場が機能することだとの認識が広く共有されていたのだ。

しかし、「世界同時食料危機」が勃発したことで、この「信念」があっけなく崩壊する結果となった。事実として、輸出規制が発動され、穀物価格が急騰し、各国で食料供給が混乱した結果、自由貿易の原則が全てを解決するという神話は揺らいだのである。

食料の輸入に大きく依存していた国々は、一度目の「世界同時食料危機」の経験を踏まえ、再び類似の危機が訪れたときの備えとして、自己の食料供給網を強化する方向に動き始めた。

具体的には、例えば湾岸諸国や中国、インドなどの食料安全保障に懸念を抱える国々は、自国の食料確保を目指して、海外に広大な農地を取得する動きを見せた。これは単に自国内の食料不足を補うだけでなく、食料価格の急騰や供給不安に対する抑制策としての意味合いも強かった。

この一連の動きが、私たちが「ランドラッシュ」と呼ぶ現象の核心なのだ。国々が自国の食料安全保障を担保するために、あらゆる手段を尽くし、その中心にあったのが海外農地の獲得であった。これこそが「ランドラッシュ」が急速に広がった背景にある、その根源的な動きなのである。

私たちの議論をさらに進める前に、私たちは重要な一点を覚えておかなければならない。それは、私たちの隣国である韓国が「ランドラッシュ」を積極的に推進している国の一つだという事実である。

例えば、2009年には、韓国の企業がアフリカ、マダガスカルの大部分を購入することにより、この動きが世界的に注目を集めた。この契約では、韓国は豊富な稲田を手に入れ、その見返りとしてマダガスカルには投資と雇用の機会が提供されるという内容だった。しかし、この計画はマダガスカル国内の政治的不安定さから最終的には頓挫した。

これは一例に過ぎないが、韓国は食料安全保障と経済的利益の追求を両立するために、世界中で農地を探し続けている。これは彼らが、我々がここで検討している「ランドラッシュ」の波に積極的に参加しているということを示している。

私があるカンファレンスで機会があって韓国政府の担当者に話を聞くことができたとき、その回答は躊躇いつつも率直だった。

彼は私の質問に対して、苦笑いを浮かべながら答えた。「穀物市場が再びマヒ状態に陥った時、大規模な穀物商社たちがその危機を解決することができると思いますか?我々は、そのようには考えていません。だからこそ、我々は自国だけでなく世界中で直接的な食料生産に力を注ぐという選択肢を採ることを余儀なくされているのです」と。

彼の発言は、韓国が直面している現実と、それに対する彼らの戦略の方向性を明確に示していた。これは、国内だけでなく、世界全体での食料問題に対する深刻な認識と対応の一環と言えるだろう。

食料危機の解決に向けて、世界各地で急速に進行している「ランドラッシュ」の加速の背後には、未来に迫るさらなる食料問題の深刻さが存在する。

国連の報告によれば、我々は人口急増という厳しい現実を直視せざるを得ない。現在の人口数である68億人は、2050年には見違えるように増えて90億人を超えると予想されている。

この巨大な人口増加は、食料供給に対する要求を大幅に増大させるだけでなく、その確保の方法に対しても新たな視点を求めている。これらの規模の大きな課題が、「ランドラッシュ」という現象を全世界に広げ、国々を食料生産の新たなフィールドへと導いているのだ。

我々が日本にいると、耕作放棄地の問題や頻繁に水不足に直面することはなく、土地や水の問題についてはあまり意識することは少ない。しかし、地理的条件と豊富な資金力が合わさった食料輸入国、特に湾岸諸国は、これらの問題を深刻に受け止め、海外農地への投資に熱心に取り組んでいる。

例えば、湾岸諸国であるサウジアラビアは、自国の乏しい水資源と広大な砂漠地帯を持つ地理的制約を抱えつつも、海外の農地獲得により自国の食糧安全保障を強化しようという意図から、アフリカやアジアに広範に渡る投資を展開している。

このような対外投資は、「ランドラッシュ」の一環ともいえる現象であり、資源の有効活用と、食糧危機への対策という観点から見ると、極めて理解しやすい動きである。

人口が多く、食料安全保障に頭を抱える国々は、海外での食料生産に目を向けている。その焦点は、生産コストが大幅に低く、土地と水が豊富にある発展途上国へと向けられている。

多くの国々が、食料供給の安定化を目指し、積極的に海外の農地に投資しています。具体的には、サウジアラビア、カタール、リビア、中国、韓国、インドなどの20ヵ国が、食糧の確保のために、海外の広大な農地を所有しています。

そして、これらの国々が投資を進めているのは、農業生産コストが相対的に低く、土地と水が豊富に利用できる国々で、その具体的なリストは、スーダン、エチオピア、パキスタン、フィリピン、カンボジア、トルコ、ウクライナなど24ヵ国に上る。

例えば、中国は2008年の食料危機以降、海外の農地獲得に積極的になり、アフリカやラテンアメリカなど、世界各地で土地を購入またはリースしている。これは、人口増加や生活水準の向上による食料需要の増大に対応するための一手段であり、食糧の安定供給と国家の食料安全保障を確保する目的がある。これは、世界的なランドラッシュの一例と言えるだろう。

食料システムの崩壊がもたらした「暴走」

なぜ、一般的な輸入手段を通じて食料を手に入れるのではなく、あえて遠くの海外農地を獲得するという行動に走るのか、その背後には何があるのでしょうか? それは、「穀物市場システム」への信頼が失墜してしまったことが主因なのである。

過去の穀物市場は、穀物メジャーと呼ばれる大手商社が指導的な役割を果たし、国際的な価格と取引が形成されていました。しかし、先に述べた食料危機により、これらの商社による市場管理が危うくなり、穀物価格の急騰と食料供給の不安定性が露呈したのだ。

例えば、2007年から2008年にかけての世界的な食料危機はその一例である。この危機は穀物価格が急騰し、世界中で食料不足が発生した。これは穀物市場システムが機能しなくなり、食料供給が滞った結果、各国はこの問題への対策を迫られたのだ。

その結果、食料を輸入するのではなく、直接海外の農地を確保し、自国の食料供給を確実にするという政策が採用されるようになった。これは、「穀物市場システム」への信頼が失われ、それによって引き起こされた不安感が原因なのだ。


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