【極超短編小説】裏:どこかの夜に
「負けました。なんて絶対に言わない」
彼女は僕のベッドの中で言った。
僕はひんやりとした窓ガラスに頬を当てて、中空の夜空で明滅する鉄塔のオレンジ色のライトをぼんやり眺めていた。
そして押し殺したような彼女のすすり泣き。
僕はカーテンを引いてベッドに近づく。
「なーんてね」
と彼女は振り向いておどけるように言った。その口元はカーテンの隙間から射し込んだ夜の明かりに照らされていた。
「おやすみ」
と言って彼女は壁に向き直った。
僕が寝ているうちに、彼女は行ってしまった。
彼女が頬をうずめていた僕の枕には、涙の跡が残っていた。冷たい枕で眠ったのだろう。
枕のそのシミを見つめて、僕は思わず両手の拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込む。脇の下から流れ出た汗が二の腕から肘、そして
握りしめた拳に流れ落ち、床に滴った。
「深呼吸だ。ゆっくりと息を吸い込んで、2倍の時間をかけてそーっと吐き出せ。負けるな」
彼女の声が聞こえた気がした。
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