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【極超短編小説】裏:来世は

 岬の突端に立ち、彼方に望む夕日。
 夕焼けは黄、オレンジ、ピンク、紫へと刻々と移ろい、その美しさに息を呑む。
 子どもの頃、町の鉄塔を見上げていてふと思い立った。自転車で行けるところまで行ってみようと。そしてひたすらにペダルを漕いだ。気づけばこの岬にたどり着いていた。その時、初めて訪れたここで、あの夕日を見たのだ。
 今、ここで眺める夕日は数十年前のあの時の夕日そのものだ。


 学校を卒業して社会に出て、結婚し子どもを持った。機会があればこの岬を訪れて夕日を眺めた。1人の時もあれば、妻や子ども、家族と一緒のときもあった。
 だが、子供の頃に初めて見たあの夕日には会えなかった。その時その時で美しくはあるのだけれど、何かが違っていた。


 今、妻が隣りにいる。2人が眺める夕日は、間もなく水平線に溶け始めるだろう。
 「次に生まれてきても、またあなたと一緒になるわ」
 そう言う妻の口調はいつもと変わらない。おだやかに流れるようで、耳に心地良い。



 沖からは不思議と気持ち良い潮風。かすかな風切音に混じって、岬の遥か下方に打ち付けられる波の音が聞こえる。
 今日は、初めて見た時と同じ夕日に会えた。
 「もう君とは一緒にならないよ」
 私は夕日を瞳に入れたまま呟いて、岬から宙へ踏み出した。

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