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【短編小説】鉄塔の町:電柱とオレンジ

 軍の輸送車に詰め込まれた避難民たちは、薄暗い幌の中で隣同士互いに肩をくっつけて一様に俯いている。彼らはどこに連れていかれるのかは知らされていなかったが、それほど不安はなかった。あちこちで鳴り響く爆発音や目もくらむ閃光、巻き上がる土煙、次第に近ずく銃撃音、そして恐怖と絶望の絶叫に溢れたあの町よりも酷い場所があるはずはなかったからだ。


 その朝、岩木冬馬いわき とうまはいつもより少し早く家を出た。社会人になって間もない冬馬は、前日の仕事上がりに上司に頼まれた資料を準備しておこうと思ったからだ。
 冬馬は玄関から大通りへ向かって真っすぐに歩き始め、2本目の電柱を通り過ぎるとき、いつものように振り返ると母親がいつものように手を振って見送っていた。振り返りざまに冬馬が母親の見送りに手を上げたとき、轟音とともに爆発が起こった。濛々もうもう煙が立ち上がり、爆発で生み出された瓦礫が真上から落ちてきたときには、冬馬は自分の家の辺り一帯が大きな窪みになっているのが分かった。


 冬馬は輸送車の一番後ろの座席に座っていた。最後の輸送車に運よく乗ることができたのだ。と言っても、茫然自失としていた彼の手を軍人が引っ張って連れて行き、輸送車に押し込んだというわけだが。
 輸送車の揺れが小さくなった。舗装された道路を走り始めたらしかった。先ほどまでの不規則な揺れの中の方が、冬馬にとってみればよかった。身体に物理的な不快な刺激があった方がそちらに気を取られて、思考が止まるからだ。
 幌の中は人いきれに煤や血の臭い、吐瀉物の酸っぱい臭いが入り交じっている。冬馬は空っぽの胃から何かがこみ上げてくるのを堪えようと、外に目をやった。高くて黒い鉄塔の向こう側でオレンジ色の太陽が傾いていた。
 「こいつに…何か意味はあるのかい?」
 冬馬は独り言ちた。


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