【極超短編小説】出ちゃいましたね
「出ちゃったね」
課長は穴の底を覗き込みながら、溜息交じりだ。
「出ちゃいましたね」
ボクも横で穴を覗き込みながら相槌を打つ。
「これ、何ですかね?まだ奥のほうに続いているようですけど」
掘り当ててしまったパワーショベルのオペレーターは穴の縁にしゃがみ込んでいる。
工事現場の仮囲いの中には、この3人だけだ。
社内で課長は喫煙室か屋上か給湯室、あるいは自販機コーナーで見つかる。そうでなければ会社の向かいにある古い喫茶店で発見できる。
親会社から出向してきた時期がちょうど『南』の再開発のスタートと重なったことから、部署では『働かない課長が来て、仕事が忙しくなった』と陰口が言われる反面、面と向かって話したことのある人間はほぼみんな、その笑顔にやられてしまう、という不思議な人物だ。
課長代理のボクは掘削現場に配置されていた。『何かあったらすぐに連絡してね』と前もって課長の指示があったからだ。案の定、出た。課長、仕事できるじゃん。
「表に本社からの車が来てるから、オペレーターを連れてって」
課長がボクに耳打ちする。
ボクは会社で掘削現場の状況報告をしてくれと言って、オペレーターを車に乗せる。
土煙を上げて車は走り去っていく。ちょうどその方向には、遠く『鉄塔』が見えた。
「じゃ、あとはよろしく」
ボクの肩をポンと叩き、課長はニコッと笑う。上の前歯が1本抜けている。駅の階段で転んだらしい。愛嬌、間抜け、いずれにしても愛すべき笑顔だ。これはやられてしまう。
「君も1本どう?」
課長はラッキーストライクの箱を差し出す。
「いえ、ボクは吸わないんで」
「そう」
課長は抜けた前歯の隙間にタバコを差し込んで火を点け、背中を向けて立ち去りながら手を振る。
ボクは仮囲いの中に戻り、入り口を閉め誰もいないか確認して、パワーショベルの運転席に乗り込む。
今日も残業か、と独り言ちる。
そしてレバーを操作しバケットで残土を掬うと、黒い円盤を埋め戻し始めた。
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