【極超短編小説】紫煙

 2週間くらい彼女と会っていなかった。
 気にはなっていたけれど、何かと忙しくてタイミングが合わなかった。

 
 公園に行ってみた。彼女はいなかった。
 ベンチに座った。見上げると曇り空。空気には雨の匂いが少し混じっていた。
 小一時間ほど過ごして立ち上がろうとしたとき、足元にラッキーストライクの吸殻を見つけた。指でつまみ上げポケットに入れた。


 いつものカフェに入ってみた。ほろ苦いコーヒーの香りが満ちていた。彼女はいなかった。
 運ばれてきたコーヒーは良い香りだったけど、いつものようには落ち着かなかった。
 座っている椅子の座面と背もたれの隙間に何かが押し込まれていた。
 引っ張り出してみると捩じられたラッキーストライクの空き箱だった。ポケットに入れて店を出た。


 町で唯一の煙草屋へ行った。店主のおやじが出てきた。
 「いつものやつだろ?最後の1カートンがさっき売れちまって‥‥。一箱だけならあるけど」
 その最後の一箱をレジ袋に入れてもらった。


 少し雨に濡れた。彼女の部屋の前に立った。
 ドアノブにレジ袋を引っ掛けたとき、彼女の匂いを感じた。
 振り返ると1カートンを持った彼女が紫煙の中にいた。

 
 

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