感想文 逃亡者
中村文則著 逃亡者 を読んで。ネタバレ要素あり。
初めは、何かをやって面白く逃亡し、最後は逃げ切る物語なんだと思って手に取った。しかし、犬が吠えている。から始まったこの小説には、全く爽快感がなかった。ザ、憂鬱。こんなに長い小説が、ずっと重い。ずっと重くて、笑えないし、主人公の山峰がずっと辛い。この最初の一文からすでに、山峰はもう山峰ではなかったんだなと、最後まで読んで思った。それからきっとBはいない。山峰が調べていた日本で起きたキリシタン迫害や戦争に詳し過ぎるのは、自分と対話していると思えば合点がいく。銃口を向けるのはきっと死にたいから。公正世界なんてないから。
二人きりで過ごした時間、川に浮かんだ死体、トランペットを演奏する鈴木、タイルの見える部屋、ヨシコを想う時間、血だらけに肉片になった仲間達、月の明かりの描写がひどく綺麗で、ひどく冷たかった。先の大戦で非道を繰り返した日本軍。キリシタン迫害。色んなことがあり過ぎたけど、これは恋愛の物語。戦時中、軍のトランペット奏者となり、自分が死んでしまう前に、彼女にあの時の旋律の続きと手記を残した。最後は山峰が届けた。
それで終わらずに、事実と虚構がごちゃ混ぜになって、それは確かにずっしり重い。私は公正世界を求めているんだろうか。そうだとしたら、嫌な気持ちになるはずだ。重いけど嫌ではない。とにかく憂鬱だけど、長崎の歴史は勉強しようと思った。ミクロとマクロでもいい。意味は自分だけあればいい。