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小説③ ヨシミちゃん

 これは私の友人Nさんから聞いたお話です。

 私とNさんは大学の同級生であり同じゼミに入ったことをきっかけに仲良くなりました。それ以来、食堂でお昼ご飯を一緒に食べたり予定が合う日は遊びに行ったりしている。

 そんな大学も夏休みに入り、私も厳しい暑さに文句を言いながらバイトしたり
「A −TUBE」で動画をみたり、嫌々大学のレポートなど課題をこなしながら過ごしていた。

 そしてちょうど暇していたときある時、Nさんからお茶でもしないかと誘われた私は2人の行きつけであるカフェにいくことにした。

 そこはどこか昭和の香りがするレトロな雰囲気で、満席になることがないような静かで落ち着いたカフェなので私もNさんもとても気に入っている。

 2人でアメリカンコーヒーとモンブランを頼み、それぞれの近況を話し合った。なんだかんだで会うのは久しぶりであり、やはりNさんと話すのは楽しい。

「実は今日呼んだのは最近大変なことがあったの、ちょっと聞いて欲しくて・・・」

 Nさんが唐突に切り出した。普段Nさんは物静かではあるものの、喋れば明るくコミュ力が高めの子だ。そんな子がこのように歯切れが悪いのは珍しい。

 Nさんは200円均一の雑貨屋でバイトをしているのだが、どうやらそのお店の空調が壊れてしまったらしい。もちろんすぐに業者に依頼をかけたのだが、その業者が多忙であることと、部品の供給が追いつかないという理由で直るのに二週間くらいかかると言われてしまったらしい。

 店長とオーナーが話し合った結果、お店は一時的に休業することになってしまった。この夏の暑さを考えると空調が効かないというのは十分緊急事態だし、致し方ないなと私は思った。

 Nさんもそれ自体は仕方ないと思っているのだが、Nさんはアパートを借りて一人暮らしをしているため、その分の収入がないのは厳しい。そこで短期でアルバイトをすることにしたようだ。

 ただNさんの時間も限られているため、二週間限定、不定期、収入高めのキーワードで探したところ個人宅の家庭教師のアルバイトを見つけた。頭も良いNさんにぴったりだと私は思った。大学の課題でよく助けてもらっている私が保証する。

 課題は自分でやりなさいと呆れているようなツッコミを放った後にNさんは話を続ける。

 応募したところ、Nさんのもとに電話が掛かってきた。
「2週間、1日4時間、娘に勉強を教えてください」というものだった。
 随分と上手く話が進んだんだなと感心してしまった。実際Nさんもその時はラッキーくらいにしか思っていなかったらしい。

 「ただ、あんなことになるとは正直、思わなくって・・・」

 Nさんが複雑な表情をみせ、言葉を詰まらせる。どうやらその家庭教師をしたときの体験こそ話を聞いてほしいと誘った本筋なのだろうと察した。

 話は二週間ほど前に遡る。

 Nさんは地図あぷりを頼りに家庭教師の依頼があった家を探していた。夕方5時から4時間という約束だったため、早めに夕食を済ませてアパートを出た。自分は良いもののこれから授業を受ける子どもさんは夕飯はどうするんだろう。考えても仕方ないことではあるが・・・

 そんなことを考えていたら目的地が見えてきたので足早に向かってみると今にも崩れそうな古民家があった。なんだかお化けが出てもおかしくないなと失礼ながらNさんは思ってしまったという。

 玄関に周り、インターホンを鳴らすと「どうぞ、お入りください」と女性の声で応答があった。ちゃんと主が在宅していることに安心して「お邪魔します」と扉を開けて中に入るNさん。

 「え・・・?」 

 一瞬思わず声を詰まらせ、立ち止まってしまったと同時に

 ガシャン!!と大きな音が鳴り響いた。Nさんが手にしていたスマホを落としてしまったのだ。画面も割れてショップに持っていくしかないとNさんは凹んだ。

 Nさんが声を詰まらせ、スマホを落としてしまった原因は目の前にいた女性にあった。髪は背中くらいまで長くボサボサで、白いローブのような服を着ていたがあちこちにシミがついていて汚らしく、死んだ魚の目をしていてNさんを認識しているのか怪しかった。正直幽霊が出たと思ってしまったとNさんは言った。

 「えー・・・と?」

 女性が声をかけてきたことで我に帰ったNさんは、自己紹介をして家庭教師としてきたことを伝えた。すると女性が口を開き、

「どうぞ、お上がりください」と静かにNさんを促した。

 家の中に入り廊下を歩くと、夏のおかげで日照時間は長くなってまだ明るいはずなのになぜか薄暗くなっていて不気味だとNさんは感じた。

 N:「あの、子どもさんはどちらに?」

 黙っていると怖くなってくるため、声をかけたNさん。すると、

 「この部屋です」

 女性が一つの部屋にNさんを案内した。家と女性の雰囲気もあり、入るのが怖いと思ってしまったという。少し躊躇っていると後ろから

 「どうぞ、入ってください」と声をかけられた。

 N:「はい、失礼します」

 意を決して部屋に入るNさん。見たところ特に変わった様子もない普通の子供部屋だった。床に可愛らしい女の子の人形が落ちていたくらいでそれはむしろ女の子らしいなと思った。

 娘さんを探そうと見回すと角に勉強机があり椅子に誰かが座っているのが見えた。

 N:「こんにちは、Nだよ。よろしく・・・え??」

 娘さんだと思ったNさんは、挨拶しようと近づき声をかけたが、またも声を詰まらせることとなった。

 なぜなら椅子に座っていた女の子は確かに可愛らしい女の子ではあったけれど、人間ではなく人形だったからだ。しかも和製の日本人形のように精巧な作りなため、さらに不気味さが際立っていた。

 え、どういうこと?何かの冗談か??Nさんは完全に混乱していた。すると後ろから女性が話しかけてきた。

 「先生、娘のヨシミです。」

 女性が紹介をしてきたが、とても事態を飲み込めずNさんは返事を返した。

 N:「いや、人形ですよね?」

 すると今まで淡々とした様子の女性の態度が一変する。

 「何言ってるの!!私の娘よ!!ヨシミよ!!」

 あまりの急変に思わず仰け反ってしまったしまったというNさん。これは下手に刺激したらまずいと本能的に思ったNさんは相手に合わせることにした。

 N:「わ、わかりました。ヨシミちゃん、私と勉強しましょう。」

 その様子を見た女性はまるで何事もなかったように静まり返り、逆にそれが恐怖を引き立たせた。

 Nさんは正直今すぐ帰りたい気持ちだったが、今帰ると言い出したら女性に何をされるか分からないため仕方なし合わせることにしたという。

 N:「そ、それじゃあヨシミちゃん、まず国語のお勉強から始めるよ」

 無理矢理にではあったが、恐怖を紛らわせるため接客で培った明るい雰囲気を出すNさん。こうして人形相手に個別授業をするという絶対ありえないような体験をすることになった。


 N:「どうかな、ワニさんの宝物はわかったかな?」

 ヨシミ:「・・・・」

 N:「そうだね。すごいよくわかったね。」

 Nさんはこんな感じでヨシミちゃんに勉強を教えている。話しかけるもののヨシミちゃんからは当然、返事が返ってくるわけはなくNさんの独り言のように進んでいく。

 自分は何をしているんだろう、早く帰りたいと思うのだがそうもいかない。なぜならNさんの授業が始まってから女性がずっと様子を見ていたからだ。先ほどの様子から女性を刺激すればどうなるかわからないためNは授業をするしかない。これを4時間やらなければならないというのがどれほど苦痛か想像に余りある。

 N:「次は、算数にしようか」

 気分を少しでも紛らわすため、科目を変えてヨシミちゃんに教えるNさん。そんなNさんをじっと見つめている女性。その瞳は何を捉えているかわからない濁った色をしていた。


 数時間後・・・・


 N:「そうだね、ここは掛け算だから答えは②だね。あ、そろそろ時間だね。今日はこのへんでおしまいにしようか。」

 地獄のような時間もなんとか4時間耐え切ったNさん。すると

 「お疲れ様、ありがとうございました」と女性に声をかけられた。

 それを聞いてやっと終われることができて疲れよりも嬉しい気持ちが強かったという。そして次は適当な理由をつけて断ることを心に決めていたNさん。しかし次の女性の言葉で嬉しい気持ちが吹き飛んでしまうこととなる。

 「今日はもう遅いし、ご飯を食べていきなさい」

 女性から夕飯を食べていくよう、言われてしまったからだ。流石にこんなところで何も食べたくないと思ったNさんは丁寧に断ろうとした。

 N:「いや、ありがたいのですが来る前に食べてきたので、結構で」

 Nさんが言い切る前に、女性の態度がまた一変した。

 「食べていきなさいよ!!」

 N「ひ!わ、わかりました。」

 女性の如何ともし難い圧に屈してしまったNさんは思わず答えてしまった。

 「それじゃあ、こちらに」

 また何事もなかったようにNさんを促す女性。その情緒不安定な姿は本当に怖かったとNさんは言う。

 この匂いはカレーかな・・・?

 食卓に案内されたNさんは、席で待っていた。しばらくして女性が姿を現し料理をNさんの前に置いた。

 「どうぞ」

 置かれた料理は予想通りカレーであった。見た目と匂いは普通のカレーのようであったため少しだけ安心した。

 「食べてください」

 授業の時のようにじっと見つめながら促してくる女性。思わずはいと返事してしまったNさんだが、食べて大丈夫なのか一気に不安になったという。とはいえ、食べないとまた何されるかわからないので覚悟を決めてカレー食べた。

 どうやら普通にカレーだったようで、Nさんは安心した。

 「お口に合うかしら?」

 女性が聞いてきたのでNさんは反射的に美味しいですと返していた。正直味はよくわかっていなかったのだが。

 「そう、よかったわ。今日はもう遅いから泊まって行きなさい」

 N:「え?」

 一瞬言ってる意味が分からず、思わず声が出てしまった。何を言ってるのこのおばさんというのが本音だった。というかこんなところで泊まるなんて冗談じゃない。

 N:「いや、流石にそれは悪いですし」

 Nさんの言葉が届いているのかいないのか、女性は言葉を続ける。

 「ヨシミちゃんも先生が泊まってくれて喜ぶわ。ぜひ泊まっていってよ」

 女性は初めて嬉しそうに笑った顔を見せた。にたっと笑うその顔は娘を想う母の顔というよりも、もっと闇の深い濁った笑顔だった。

 N:「帰ります。準備もしてないですし・・・・」

 「泊まっていきなさいよ!!ヨシミちゃんが可哀想でしょう!!」

 丁重に断ろうとしたNさんだったが、やはり女性の態度が一変した。しかも今までで一番危ない雰囲を出していたようにNさんは感じたという。

 N:「わ、わかりました」

 これ以上刺激したら何をされるか分からないと感じたNさんは、とりあえず女性の提案に従うことにした。案の定、女性は落ち着いた様子で

 「うふふ・・・よかった。それじゃあヨシミちゃんのお部屋にお布団準備するから・・・」

 女性は嬉しそうにそういうと、足早に部屋を出ていった。Nさんに感じさせた恐怖の余韻を残して。

 ・・・・


 「よかったわねヨシミちゃん。先生が一緒に寝てくれるわよ」

 なんなんだろう、この状況は。それがNさんが一番に思ったことだった。人形事態は嫌いではないし子どもの時は人形と一緒に寝るということもしたことはあるが、今回は状況が違いすぎる。

 怖い、マジで怖い!!流石にこれほどの恐怖はなかなか無いとNさんはいう。

 「それじゃあ、おやすみなさい。トイレはダイニングの隣だから。あと・・・
2階には行かないでね!」

 そう、釘を刺すと女性は静かに部屋から出ていった。

 2階というのは少し気になったが今はそれどころではない。Nさはスマホを取り出して思わずため息をついた。玄関で落としてさえいなければ隙を見て助けを呼ぶこともできただろうが、完全に画面はひび割れて電源が落ちている。

 過ぎたことは仕方なし。隙を見て逃げるしかない。そう決めたNさんはとにかく待つことにした。

 そろそろいいかな。しばらく時間が経ってからNさん行動に移した。静かにドアを開けて抜き足差し足で慌てず廊下を進む。静寂の中どっくんどっくんと自分の心臓の音だけがはっきりと聞こえるようだった。しかしその静寂が突如破られる。

 「何をしているの?」

 声の方に目を向けるとやはりというか、女性が立っていた。

 「まさか、帰るなんて言わないわよね!?」

 脅すような口調で問いかけてくる。怖かったがここまできたらもう言うこともない。Nさんは腹を括った。

 N:「うわああああ!!」

 女性に背を向けて走り出したNさん。玄関を塞ぐような形で女性が立っていたためそちらは使えない。正直暗いしどこを走っているか分からない状態でそれならばとNさんは2階に逃げ込むことにした。

 そして2階にある部屋に飛び込んだ時、Nさんは絶句した。

 何、これ・・・

 暗くはあったがNさは確かに見てしまった。その部屋には大量に日本人形が置いてありこちらを見ているようであった。そしてその時、

 キャ、キャ、キャ、キャ、キャ!!

 確かに笑い声が聞こえたのだ。その笑い声は押し入れから聞こえてくる。

 Nさんが押し入れの方を見てみるとそこには、髪が異様に長いボロボロになった女の子の人形がこちらを見ていたのだ。大量の人形たちと違い、こちらは完全に視線を感じる上何よりNさんに笑いかけてきている。

 キャ、キャ、キャ、キャ、キャ!!

 化け物。早く逃げなきゃ。下には女性がいるしこうなれば・・・

 Nさんは急いで窓に向かいそこから一気に飛び降りた。着地した際の衝撃で足が痛かったものの不幸中の幸いか2階であった為、動けないことはなかった。

 Nさんは自力でその家から脱出し、振り返ることなく逃げたのでした。

 
 そして今に至る。

 
 話を聞いて思わずため息が出た私はケーキよりもお腹にくるようだった。

 そのあとタクシーを見つけて家に帰れたのは良いものの、翌日足が痛くて病院に行ったら骨にヒビが入っていたため約二週間休養していたという。

 バイト代を稼ぐどころか、携帯電話の修理代と治療費でマイナスだとNさんは悲しそうに言った。

 私には恐怖体験よりその費用の方が辛そうに見えた。

 やはり慣れないことはするもんじゃないと学んだよ、とNさんは話せてスッキリしたのか爽やかな笑顔を私に向けた。

 そういう問題なのかと思いつつも、とにかく友人が無事でよかったことに安堵した。

 ということでこのカフェ代よろしくねと爽やかに会計を押し付けられた時には、私の方が微妙な顔になったのはおまけの話。

 ちなみにNさんと私はまだそれぞれで、さまざまな体験をしたりするのでその話はまたの機会で。

FIN。


 

 












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