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【非麺エッセイ】西谷が思わず口に出して言いたくなる世界の首都名5選

 世界の首都の名前をたくさん憶えている。

 というのが、僕のひそかな自慢である。

 大学を卒業してから塾講師を生業としている時期が長かった。予備校も含めると、約15年教壇に立っていた。

 キャリアの始まりは地元の町塾である。芸大で演劇を学んでいた僕は、アルバイトをしながら演劇やお笑いの活動をするつもりだった。そう考えながらも、まったく仕事も探していなかったのだが、母の知人が経営する塾で、僕の卒業に近いタイミングで欠員が出たので、そこに滑り込ませてもらったわけである。国語の講師として働くことになった。

 ところで、その塾では中学生の国語の授業では90分の授業のうち、前半は国語を教えるのであるが、後半ではなぜか社会を教えることになっていた。僕も例にもれず国語に加え、社会の授業も行うことになった。

 国語については、小さいころから読書が好きだったし、舞台脚本も書いていたので、まあ得意な分野に入る。自慢じゃないがセンター試験の現代文は100点満点であった。

 しかし、社会については人に語れるほど造詣が深いわけではない。国語に比べればしっかり勉強して授業に臨むことになった。

 で、そういった勉強の途中で何となく気晴らしに地図帳を開くことがあった。各国の首都名が目に入る。もともと物を覚えるのが好きなタチである。遊び気分で覚え始めた。

 一番覚えていた時で、世界の首都の3分の2ぐらいを覚えていたと思う。今は現場を離れて相当数を忘れてしまったと思うが、それでも他人よりは覚えているほうだろう。

 そして、ようやくタイトルの話になるが、首都名を覚えるうちに「好きな首都名」ができたのである。そこがどういう町であるかは全く知らない。ただ語感と、そこから想起されるイメージのうえで「お気に入りの首都」ができたのである。

 今回はその、僕のお気に入りの首都を紹介するという、マジリアルどうでもいい話である。気楽に読んでいただければと思う。



1.ワガドゥグー(ブルキナファソ)


 アフリカ大陸の西部に位置する、ブルキナファソの首都名である。

 全体的に言えることだが、アフリカの首都名というのは、エキゾチシズムの塊である。

 ワではじまって、濁音3つを経由し土着的なものを感じさせた後に、長音で力が抜けるように終わる。

 日本人にとっては、全くなじめない語の推移である。違和感だらけだ。

 この、違和感が心に刺さるのである。

 あと、「ワガドゥグー」と口に出して発音してもらいたい。

 本当に、実際に、発声してみましょう。

 さあ、どうぞ。

 さあ。



 言ってもらえましたか。

 どうですか。

 すごく低い声になったでしょう。

 そう。

 この首都名は、何も意識せずに発音すれば、ほぼ間違いなく低い声になってしまう首都名なのである。

 あなたはならなかったかもしれないが、僕の知人2~3名に試したところ、100%であった。

 だからどうした、と言われればそれまでだが、そういうことなのである。



2.マルキョク(パラオ)


 太平洋の西部に浮かぶ島国である。その首都名は、先ほどと打って変わって語感も軽く、何よりも日本人に親しみやすさを感じる語である。我々は、その首都名に対し、容易に漢字を思い浮かべることができる。

 「丸局」あるいは「丸曲」

 和歌山の中華そば屋にありそうな名前である。

 「中華そば 丸局」

 車庫前系の比較的新しい店である。アロチで飲んだ後のシメとして人気だ。

 あるいはつけそばの名店「丸長」から独立し、東武東上線沿線で開店したつけ麺店かもしれない。

 「ラーメン つけそば 丸曲」

 そういった、麺妄想をかき立ててくれる首都名、それがマルキョクである。

 このように日本人になじみのある語感の首都名となったのは、パラオが第二次世界大戦前、日本の統治を受けていたことにかかわりがあるのかもしれない。

 パラオ語には日本語の影響を受けた、というか、そのまま転用された語が多くあるという。

 ・大統領 → ダイトウリョウ
 ・おいしい → アジダイジョーブ
 ・ブラジャー → チチバンド

 左が意味で、右がそれにあたるパラオ語である。このように親日本的な言語であるから、日本人になじみ深い首都名となったのも、自然なことなのかもしれない。



3.ポートモレスビー(パプアニューギニア)


 ニューギニア島は南太平洋に位置する島である。世界2位の面積を誇る。

 その大きな島の西半分を領有するのがインドネシアで、東半分を領有するのが、パプアニューギニアである。

 首都名ポートモレスビーは、いかにも英語的な語感からもわかる通り、過去の植民地支配など、イギリスと深いかかわりを持ってきた。

 カッコいい系首都名として、西谷が一位に上げたい首都である。

 ある港町、波止場近くにある古びたベンチ。そこがモレスビー爺さんの特等席である。

 浅黒い地肌に深い皺を刻んだモレスビー爺さんは、港に出入りする数多くの船を見ながら、銀のスキットルに入ったウイスキーをあおる。

 そして、自分がその港から船を出し、漁に出ていた遠い昔に思いを馳せるのである。

 ある時は、体長2メートルを超える巨大カジキを釣り上げた。

 また、ある時は、海中から爺さんを引きずり込もうとする人喰いダコとの死闘を演じた。

 潮風に吹かれながらそういった思い出を辿り、モレスビー爺さんは、静かに、晩年を費やしていく。

 ポートモレスビーとは、そんな町である。



4.ヌアクショット(モーリタニア)


 モーリタニアはアフリカ西海岸に位置するイスラム国家である。その首都名は上記の通り「ヌアクショット」。

 これは、もう、何かしらの必殺技であろう。

 「さあ、モーリタニアU-15代表イブラヒム君、どんどんドリブルで上がっていく! そして、ペナルティエリア付近…ここで、出たァ! イブラヒム君の必殺シュート、ヌアクショット! キーパー森崎君、一歩も動けず! あぁっと、シュートはゴールネットをつき破ったァ! イブラヒム君のヌアクショットで、モーリタニアが先制ー!」

 「キャプテン翼」ならば、こういう感じであろう。

 ヌアクショットという首都名には、そういう劇画的なスペクタクルを感じるのであるが、しかし、同時にミステリアスな雰囲気を感じさせるところもある。

 それは、「ヌ」で始まることの影響であろうか。

 日本語には「ぬ」で始まる言葉が、あまり多くないように思われる。

 「ぬ」始まりの言葉をパッと思い出してみる。

 ヌードル、盗っ人、ヌルハチ、沼田さん

 瞬時に思いついたのはそれぐらいだった。

 「ヌードル」はともかく「ヌルハチ」「盗っ人」は、あまり親しみのある言葉ではないように思われる。僕に「沼田さん」という知り合いはいない。

 むろん、もっと時間をかけて思い出してみれば、「ぬ」始まりの言葉もたくさん出てくるのであろうが、すぐにパッと思いつくほど、身近で親しみのあるものではないという印象だ。

 この「ヌ」始まりという、疎遠な、ある意味得体のしれない語順が、ヌアクショットに幻想のベールをまとわせているのかもしれない。

 ちなみに、「ヌ」で始まる首都名は、ほかにトンガの「ヌクアロファ」がある。あと、カザフスタンの現在の首都は「アスタナ」であるが、このアスタナという都市、2019年~21年まで政治的な理由から「ヌルスルタン」という名前であった。

 ヌルスルタン…これまた、なんと奇妙で耳に残る首都名であろうか。声に出してみても滑り落ちるような語感が面白い。もし現在も同名のままであれば、確実に今回の選に入っていたことであろう。



5.バンダルスリブガワン(ブルネイ)


 ブルネイはボルネオ島の北部に位置する小国である。

 首都名「バンダルスリブガワン」は、個人的に最も好みである。

 まず、濁点が多い。

 濁点が多いと、声に出したときに、非常に引っ掛かりがよく心地よい、なおかつ勇ましい気持ちにもさせてくれる。

 だが、あまりにも多すぎると土着的な匂いが前面に押し出てくる。1で紹介したワガドゥグーなどは、そういう向きの首都名であるが、最後に「グー」と抜けることで愛嬌を演出している。

 それはそれで野性味がふんだんに感じられて良いのであるが、バンダルスリブガワンについては、非常にバランスよく濁点が配置され、美しさすら感じられるのである。

 部分的に見る。まず序盤の「バンダル」である。

 やや英語風の音感が耳にクールな響きを与える。「バンタム級」「ジャン・クロード・ヴァンダム」などに近い音感で、格闘や闘争のエッセンスが血をたぎらせる。

 次に中盤の「スリブガ」である。

 一転して、南~東南アジア的なエキゾチシズムが醸し出される。モスク、王侯貴族、神秘的なダンス…そういったイメージが脳内を駆け抜ける。

 そして最後は「ワン」で締めくくられる。

 一番だぞ、と。何の一番だかわからないがとにかくすごいんだぞ、と。

 もちろんこの首都名が英語由来でないのは百も承知であるが、非常に思い切りのよい締めくくりであることを感じずにはいられない。

 首都名としては、長い部類である。それを踏まえたうえでも、非常に多くの要素を内在した、実に秀逸な首都名であると言いたい。

 そういうことは恐らく起こり得ないであろうが、もしも僕が、JRA日本中央競馬会の個人馬主になることがあれば、最初の所持馬には「バンダルスリブガワン」と名付けたい。

 しかし、JRAの競走馬につけられる馬名は、カタカナ9字までという制限がある。

 どうするか。

 「オウケンブルースリ」みたいな感じで「バンダルスリブガワ」とするか。

 あるいは「バンダルスリブガン」とするか。「ガン」で終わってカッコいい気もするが、やっぱりちょっと変か。でも、「バンダルスリブガワ」だと「最上川」とか「イワイガワ」みたいで、だいぶ印象が変わるな。

 ここは、妥協して「ポートモレスビー」にしとくか。そうだな。そうしとくか。こっちだって十分カッコいいもんな。



おわりに


 以上、5つの首都名を挙げたが、今回選からは漏れたものの、西谷にとって魅力的な首都名はまだまだある。

・アディスアベバ(エチオピア)
・タシケント(ウズベキスタン)
・テグシガルパ(ホンジュラス)
・ファドゥーツ(リヒテンシュタイン)
・ブエノスアイレス(アルゼンチン)
・ムババーネ(エスワティニ)
・リュブリャナ(スロベニア)
・リロングウェ(マラウイ)
・ンジャメナ(チャド) 

 こんなところだろうか。まだある気もする。しかし、ひとまず今回はこれまでにしよう。機会があれば、また存分に語りたい。

 世界の首都名ファンの皆さんと、ともに。


ラボレムス - さあ、仕事を続けよう。

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