【03.幻肢と幻肢痛】

 vol.022櫻井さんの未公開分インタビューもこれで最後。幻肢と幻肢痛について、今回は猪俣さんにも入っていただき、お話を伺っています。

 幻肢や幻肢痛についてはまだ解明されていないことも多くあり、なかなか治療法が確立されていない中で痛みに苦しむ人が多く取り残されている、といった状況です。猪俣さんが立ち上げた幻肢痛交流会やそこで行われているVRリハやミラーセラピーは、その痛みを知る当事者ならではの取り組みです。


g:見せていただいた、つま先立ちで幻肢の動きを意識する動作やミラーセラピーなどのリハビリは、継続して行うと痛みが段階的に下がっていくものなんですか?

櫻井:というよりは、弱い痺れはずっとあるのでそれはあまり変わらないですけど、激痛が起きる頻度が減っているので困らなくなりました。激痛で寝込むとかはないですね。

g:リハビリを継続して行わないと、痛みや幻肢の動きというのは元に戻ってしまうものなんですか?

猪俣:戻ってしまいますので継続することが大切ですが、自転車と同じです。一度乗れるようになってしまえばずっと乗れますよね。ここでは乗れるようになるまでの訓練というか、幻肢を動かすことができるようになればVRを使わなくてもいいんです。いつでもどこでも動かしてほしいんですが、忘れられがちになりますので、そうすると動きも鈍くなり痛みが戻ってきてしまいます。

g:幻肢を動かす感覚は、一度身につけば失われないんですね。

猪俣:それを日常的に続ければ、どんどんよくなります。癖のように、喋りながらでもテレビ見ながらでもいいですし。櫻井さんの場合はもう自宅でもできるので、あとは定期的にチェックに来てもらうか、何か困ったら来てもらっている感じですね。

g:自宅でもできるものを、チェックしに来る意味合いというのは?

猪俣:鏡は毎日見ているので、日々の小さな変化に気づきにくいんです。後ろ姿や歩く、座る姿勢など客観的に見てもらうことが必要で、ご自身でわからない所を見るために、定期的に来てもらっています。

g:ただ、幻肢痛交流会にたどり着いて同じような痛みを持つ人と交流したり、リハビリができる人はいいですけど、今はまだ幻肢痛の治療というのは病院では実質受けられないわけですよね?神経性疼痛が診療項目になったとはいえ、まだ診られる病院がほぼないのが現実で、幻肢痛を抱えている方々はどうされているんですか?


■「gente」の発行を、皆様の力で支えてください。
さまざまな障害について知る機会を、誰にでも読んでもらえるフリーペーパーで継続発信することに大きな意味があります。多くの人に、今はまだ無関心な人にも社会にあるさまざまな障害について知ってもらうため「gente」の発行を応援してください。
ご支援は下記より任意の金額で行うことができます。

■「gente」定期便とバックナンバー

vol.022を読んでいない方、読んで見たいなって方はこちらからお取り寄せできます。ぜひ本紙「gente vol.022」とあわせてご覧ください。お近くの配架先かお取り寄せを利用して「gente」を読んでから、こちらの「note」を読んでいただけたらうれしいです。



猪俣:耐えるだけ、です。事故や病気で手術をされている方々なので、病院にはかかっています。なのでまずは病院に助けを求めに行くんですけど、大体は「どうしようもない」と言われてしまう。痛むので鎮痛薬や眠剤を出してもらい、何とかやり過ごす。幻肢痛の特効薬というのはまだ無いんですよ。無いので、神経障害性疼痛の薬の他にてんかんの薬だったりいろいろ試すんですけど、それも合う合わないがあって、自分に合う薬が見つかるまでいろいろ試す人もいれば、効かない薬を飲み続けていた人もいました。
副作用で夜中にシーツを何回も変えるほど汗をかく、という人がいて、汗のコントロールができなくなってしまっていたんですね。それで「その薬効いてます?」と聞くと「わかんないけど時間だから」ともう何遍も飲むんです。効いていないのに飲まないと不安だから飲み続けている。で、その人はVRリハの効果が出てきて薬をやめられたんですけど、そうしたらもう汗がすぐに止まりました。
味覚まで影響していたのか「ごはんってこんなにおいしかったのか」とも言っていましたね。薬で痛みを抑えるのはは限界、という方は手術です。引き抜かれた神経の末端を焼き切るとか、首元に電極を入れて電気を流して、痛みと相殺させて幻肢痛を感じないようにする、という対処療法的なものになりますが。

g:ただその手術も、確実に効果があるかはわからないんじゃないですか?物理的な痛みではなく原因もわからない痛みに対して、確実に効果があるかどうかわからない手術をするというのは、そう簡単に選択できないですよね。

猪俣:効果はやってみないとわからないです。それでももう耐えられないので「やらざるを得なくて」と手術をしたものの、電池の切れた機械だけ埋め込まれたまま、という人もいますし、うまくいって痺れはあるが激痛は減っている、という方もいます。

g:そういう状況の中で、このVRリハやミラーセラピーといった幻肢のリハビリテーションが幻肢痛に効果があると、実績としてわかってきたわけですよね。今後の展開としてはどうされるつもりですか?

猪俣:幻肢リハを全国に広めなければならないです。少なくとも各都道府県に1か所はセラピーを受けられる場所がないと。そのためにはよき理解者、指導者が必要で、まずは幻肢や幻肢痛について理解しているセラピストを増やす必要があります。幻肢リハを行えるセラピストが足りないので、作業療法士さん、理学療法士さんにセラピストになってもらえたらと。
幻肢痛交流会やVR体験会に来てもらって、セラピーができるようになってもらう必要があるので、そのためにもマニュアルを整備しようと準備を進めています。

g:幻肢痛で苦しんでいる人に対して、「幻肢を動かす」というアプローチが有効なんだという事実を広めていく、そのためにまずはセラピーを実践できる人が増えないとならないですね。

猪俣:機序解明による特効薬、予防法はまだまだ先かもしれないですけど、「幻肢のエクササイズが幻肢痛に効果がある」ということは証明されていますので、「今なんとかしてほしい」という人たちに届けないといけない。さらなるエビデンスを出していって、お医者さんたちの理解を得ていく必要があると思います。怪我や病気の手術が成功して生き残れても、その代償に痛みを抱えてしまうと、不自由さより痛みが障害となって日常生活もままならない、社会復帰もできない人がたくさんいるんです。
痛みが引かない限り仕事もできないし、明日のことを考える余裕もないわけです。だけど痛みが少しでも楽になってくると、その先のことを考えられるし、周りも見えてくる。まずは痛みを日常気にならないレベルまで減らして、穏やかな心を取り戻してほしい。それから社会復帰の道筋をつけてほしいというか、そこまでが我々の役割かなと思うんですよね。


 幻肢や幻肢痛について当事者以外の人が理解するのは簡単ではありません。当人にすら見えない四肢が存在するように感じ、それが痛むわけですから、医師や病院もどう治療して良いか検討がつかないでしょうし、周囲の人もどうしてよいものか、なかなかわからないだろうなとは思います。ですがそれに苦しみ耐えている人は確実にいて、中には日常生活もままならないまま命を絶ってしまう人すらいるのだそうです。
 その痛みまで理解するのはなかなか難しくても、そういうものがある、それに苦しむ人がいる、という事実はもっと広く知られていくべきだと思いますし、それが幻肢痛に苦しむ人たちを助けるための、はじめの一歩になるのだろうと思います。

vol.022櫻井さんの未公開分インタビューは今回まで。
次回からは編集後記になります。

■「gente」は下記よりバックナンバーのお取り寄せができます。

ここから先は

0字

この記事は現在販売されていません

この記事が参加している募集

SDGsへの向き合い方

gente編集部へのサポートをお願いいたします。サポートは「gente」の発行費用および編集部の活動費用として活用させていただきます。