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大人になるって何?

大人になるって何だろう

小学生のとき、中学生のとき、高校生のとき
節目節目で言われた
「あと少しで大人だね」

大人の人は
何でも知っていて
色んな考え方を持っていて
冷静に行動できるスーパーマン

そんなイメージを、子供の頃、抱いていた。

二十歳を超えて、世間的に大人と言われる歳になったけど、
僕が子供の頃抱いていた大人像に、僕はなっていない。

結局、大人って何だろう。


よく周りの年上の人から言われる
げのむは大人になったから

前より、深く考えるようになった
前より、客観的に捉えるようになった
前より、自立して生活するようになった
etc….

確かにそうかもしれない
でも、それは僕個人の特徴を時間的追跡した結果生まれた特徴であって、
一般的に、年齢で区切っている「大人」「子供」と対応するのだろうか。

客観的に思考する人が大人なのか
自立しているのが大人なのか

今、生きている限り、大人も子供も大差ないように思える

正直、自分の中のバカな部分は大人になってもバカなままだし、
自分の中の良い部分は大人になっても良い部分のままだ

生きてる年数が増えた分、少し考えることが増えているだけなんじゃないか

大人、子供というのは18という恣意的な数字より大きいか小さいかを示すものでしかなく、それ以上の意味を感じない。

そう思っていた。今でも、思っているときがある。

年齢的に大人になって変わったことがある。
「演じる」機会が増えたことだ。

「頼りがいのある自分」「強い自分」「かわいい自分」「面白い自分」

そのとき、その場所によって、あるべき自分の姿を意識して、行動することが増えた。
演じている自分しか見ていない人は、
演じている自分が本当の自分だと思っている。
自分も、そのイメージを壊したくなくて、「演じた」ままにしていた。

「演じた」ままにしたいから、深く付き合わなかった。
長く付き合うと、「演じている」自分が疲れるからだ。

一緒に食事して、二次会に行く流れになりそうでも、落ち着いた場所に行く流れになりそうでも、その場で切り上げ、日付が変わる前に帰宅した。

だから、深い付き合いにならない。
そこそこ仲の良い友達は格段に増えたけど、中高時代のような遠慮なく自分を出せる関係にならない。

そのことに気づいたとき、これが「大人になるってことなのかな」と思った。

げのむ


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