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大家さんから柿を貰った話

秋晴の朝。二階の部屋のベランダで洗濯物を干していたら、下の階の庭に、脚立を携えた大家さん夫婦が見えたので「おはようございます。」と声を掛けた。柿を貰った。

「あなた、柿、好き?」

「好きです。」

「じゃあ、これ食べる?」

下りて来た僕と大家さんの会話を側で聞いていた旦那さんが、手にしていた脚立をその場に立ててするりと上ると、目の前にあった柿の木から実を三つ捥いでくれた。

旦那さんは捥いだ実を「ほら。」と大家さんに手渡す。大家さんは「これ。」と僕に手渡す。

「少し硬いし種もあるけれど美味しいわよ。」

果物は余り買わないので有難い。僕はお礼を言って部屋に戻り、柿を眺めた。綺麗な橙色だ。近頃のスーパーマーケットで見る柿よりも大分小振りな柿だが、こちらの方が良い柿に見えるのは道理だろう。

台所の空いた所に白い皿を置いて上に柿を盛って見た。「おお。」と溜息が出た。くすんだ色が多い我が家の台所にぱっと花が咲いたのだ。橙色の秋の花。

柿のお陰でその日は台所に立つのが随分と楽しかった。炒め物をしている時、食器洗いをしている時にふと目をやると橙色の柿が見えるという事、これがどれだけ心の支えになっただろう。部屋の中で季節を感じることが出来る幸せよ。

結局、その日は皿に盛って眺めるだけで終わった。それだけで満足だった。

翌日。そろそろ一つ食べてみたいという気になった。然し一人で食べるのも勿体ない気もする。折角だから誰かとこの秋の実を分かち合いたい。幸せは誰かに言いたい性分だ。さて誰か一緒に食べてくれる人はいないかしらんと考えていると、大学の友人二人から連絡が来た。

「丁度今近くに来ているから君の家に行っても良いかい?」

「勿論だとも。是非来てくれ。ついでに夜ご飯も食べて帰ってくれ。」

私は大喜びで支度をした。ポトフを作った。キャベツ・ジャガイモ・人参・玉葱をコンソメで煮込んだ。暫くして二人がアスパラガスとカブとウィンナを持って来た。それも鍋に入れて煮込んだ。細かいスパゲッティを茹でて、オリーブ油と塩をかけて、これを主食にした。

薄味だがうまいポトフだった。スパゲティに良く合った。一人ならば三日掛けて食べる量など三人居れば一夜で食べ終えてしまう。どんどんと減っていく鍋の中身を見るのは楽しかった。「然しこの光景が毎日起こるというのだから家族を持つというのは凄い事だね。」

汁一滴も残さず食べたところで珈琲を淹れた。そして柿を一つ切った。確かに大家さんの言う通り少し硬くて種もあったが、そのどれも気にならない、甘くて美味しい柿だった。どういった経緯でこの柿を手に入れたかの説明をした。二人共「へえ。」と僕の説明を飽きず聞いてくれた。どの果物が一番好きかという話題になった。僕はその場でプラムを挙げた。昔保育園に生っていた木から先生に捥いで貰った味が忘れられないのだと言った。然し内心、今回の思い出も相まって柿が一番になる日がいつか来るかもしれないなとも思っていた。