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生態系と防災の交わり:Eco-DRRの役割と強み、弱みについて考える(3) by 原裕太(GEN世話人、東北大学助教)

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 災害リスクの軽減と生態系の関わりの3回目。熱帯・亜熱帯のマングローブ林を取り上げ、その具体的な効果と限界について考えます。
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 Eco-DRRシリーズ、前回(昨年)は日本の海岸林に注目し、マツ林が防砂や護岸に効果を発揮し、住民生活や地域経済を支えてきた一方、数百年に一度の大きな津波を防ぐには限界があることをご紹介しました。今回はマングローブ林について考えたいと思います。マングローブ林が立地するのは熱帯・亜熱帯の汽水域であり、ここでは主に高潮、海岸侵食、津波等が脅威となります。
 
 高潮の例をみてみると、メキシコやインドネシア、フィリピン等のアジア・太平洋、カリブ海の島嶼地域で2~5割減衰させたと評価されています(Blankespoor, B. et al. 2016)。バングラデシュの沿岸を対象としたシミュレーションでは、マングローブ林が草原に転換されることで、カテゴリー3に発達したサイクロンによる波の高さは最大で57%、波の速度は20倍以上増加し、浸水域は約10kmも内陸へ広がる可能性が指摘されています(Deb, M. and Ferreira, C. M. 2017)。また、サイクロンの被害を受けた家屋の再建にかかる費用は、マングローブ林に囲まれた村とそうでない村の間に約3倍もの格差があったと報告されています(Akber, A. et al. 2018)。
 
 津波ではどうでしょうか。2004 年のスマトラ島沖地震(インド洋津波)の場合、マングローブ等の木々に守られた村では、直接津波にさらされた村よりも被害が小さかったとの報告があります(Chang, C-W. and Mori, N. 2021)。今年で発災から20年を迎えるインド洋津波は、バカンスを楽しんでいた欧州人が多く亡くなったことや、携帯電話等の普及で鮮明な映像が残されたことで、世界に大きな衝撃を与えました。Eco-DRRが注目されるきっかけにもなりました。一方で、スマトラ島北端のバンダアチェでの調査結果によると、樹齢30年以上、幅500mの立派なマングローブ林でも、津波が6~9mを超える場合には防災機能が過大評価されるべきでない、すなわちマングローブ林だけで津波を食い止めることは困難と警鐘を鳴らす報告もあります(Yanagisawa, H. et al. 2010)。
 
 マングローブ林の価値を評価する上では、豊かな生態系サービスを提供する重要な場所であることも忘れてはなりません。熱帯・亜熱帯地域の魚類や甲殻類、鳥類にとって不可欠な生育地を提供しています。生物文化多様性(Bio-Cultural diversity)の実践者である伝統的な小規模漁業者の生活の場でもあります。国連環境計画(UNEP)のレポートによると、マングローブ生態系が人間社会にもたらす恵みは、1haあたり2,000~9,000米ドル(30~140万円程度)に上ると試算されています(Wells, S. et al. 2006)。
 
 以上のように、マングローブ林には多面的な機能、価値があります。ただし、前回も申し上げたことですが、災害リスク軽減に関していえば、決して万能というわけではありません。そもそも「防災機能の確実な発揮」という観点では、生態系は人工物ほどの強みを持っていません。多機能性や不確実性への順応的対応、環境負荷の回避といった点で、より強みを発揮します。ですから、過度な開発を防ぎ、生態系を保全しつつ、マングローブ林があるから安全だと過信せず、生命や暮らしを守るハード、ソフト両面での異なる予防的対応も必要に応じて並行して準備しておく必要があります。対する防災セクターは、マングローブ林の価値を過小評価せず、供給サービス、調整サービス、生息・生育地サービス、文化的サービスといった生態系サービス全体への理解を深める必要があります。
 
 インド洋津波では樹齢10年程度の若いマングローブ林の大部分が津波に破壊され、集約的で非伝統的な新しい養殖池への転換によるマングローブ林の伐採が樹齢に影響したとも指摘されます。地域社会経済の需要によって生態系の利用や転換が必要な場合もあるでしょう。その際には、生態系の被害を最小限に抑えるために、マングローブ林がもたらす全ての直接的、間接的恩恵を評価し、環境影響評価の結果に基づいて適切な対策が講じられなければなりません(FAO web)。ここには農漁村の開発や計画、経済、貧困対策といったテーマが関係します。
 
 SDGsのGoal-17(パートナーシップ)が示す通り、持続可能な地域社会の実現には、多角的に考え、多様な分野、主体と対話することが不可欠なのです。
 
 
Blankespoor, B. et al. 2016. Mangroves as a protection from storm surges in a changing climate. Ambio 46 (4), 478–491. DOI: 10.1007/s13280-016-0838-x
Deb, M., and Ferreira, C. M. 2017. Potential impacts of the Sunderban mangrove degradation on future coastal flooding in Bangladesh. Journal of Hydro-environment Research 17, 30–46. DOI: 10.1016/j.jher.2016.11.005
Akber, A. et al. 2018. Storm protection service of the Sundarbans mangrove forest, Bangladesh. Natural Hazards 94 (1), 405–418. DOI: 10.1007/s11069-018-3395-8.
Chang, C-W., and Mori, N. 2021. Green infrastructure for the reduction of coastal disasters: a review of the protective role of coastal forests against tsunami, storm surge, and wind waves. Coastal Engineering Journal. 63(3), pp.370–385. DOI: 10.1080/21664250.2021.1929742
Yanagisawa, H. et al. 2010. Tsunami damage reduction performance of a mangrove forest in Banda Aceh, Indonesia inferred from field data and a numerical model. Journal of Geophysical Research 115: C06032. DOI: 10.1029/2009JC005587
Wells, S. et al. 2006. In the front line: shoreline protection and other ecosystem services from mangroves and coral reefs https://www.unep.org/resources/report/front-line-shoreline-protection-and-other-ecosystem-services-mangroves-and-coral
FAO Web. https://www.fao.org/forestry/tsunami/27285@69435/en/
 

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