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生態系と防災の交わり:Eco-DRRの役割と強み、弱みについて考える(2) by 原裕太(GEN世話人、東北大学助教)

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 前回に引き続き、災害リスクの軽減と生態系の関わりについてお話します。今回は日本の海岸林を、次回は熱帯・亜熱帯のマングローブ林を例に、具体的な防災減災効果と限界について考えます。
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Eco-DRRのなかで、今回は日本の海岸林に注目し、近年の科学研究によって明らかにされてきた防災・減災機能とその課題、限界について、ご紹介したいと思います。海岸林には、人工林と自然林の2種類があります。前者では今回お話する日本各地のクロマツ林(人工林)が代表的で、人間社会の目的によって意図的に生み出された存在といえます。後者では汽水域に生育するマングローブ林が代表的で、自然に元々成立していた生態系の機能や価値を、人間社会の側が後付けした存在と表現することができます。

 ではクロマツ海岸林に対する「人間社会の目的」とは何でしょうか。代表的なものは防潮、防風、防砂です。山形県庄内平野の海岸線には砂丘を覆うマツ林が総延長34km、幅数100m以上という規模で広がっています。これは、飛砂による田畑や家屋の埋没被害を抑えるため、江戸時代以降に整備されたものです(※1)。海岸の形態は土砂の堆積と海洋の侵食とのバランスによって決まりますが、日本では急流河川が多量の土砂を供給するため、海岸に砂丘や砂浜が発達するケースが多くあり、こうした地形に海岸林が植栽されています。

 私が住む宮城県仙台市とその周辺の海岸砂丘上にも、立派なマツ林があります。この林が整備されたのも主に江戸時代です。その目的は、背後の新田開発された水田や集落への潮害、風害の防止、そして海浜を掘削して作られた「貞山運河」の護岸でした(※2)。この運河は、仙台城の開府、仙台城下町の形成と密接な関係にあります。関ヶ原の戦い後、当地に62万石の城下町が築かれた要因の一つは交通の便です。江戸へ続く奥州街道が縦断することはもちろんですが、名取川の支流・広瀬川が城下を流れ、北には北上川(盛岡→花巻→平泉→石巻)、南には阿武隈川(白河→郡山→福島→荒浜湊(亘理町))という舟運が盛んな河川にも囲まれていました。石巻と荒浜湊には東廻航路(海運)が接続し、遠方の物資も集まりました。運河は上記各河川の物流網を結ぶため、名取川河口の閖上を起点に、海岸線に沿って南北に建設されたものです(一部は明治期に完成)。仙台周辺の海岸林は、地域経済を支える運河の保護という目的も担っていたのです。

 東北地方の海岸林は、2011年の東北地方太平洋沖地震で大きな被害を受けました。防潮堤等の防災インフラの一部が破壊され、マツの大部分も折れるか流されました。日本の沿岸には度々津波が襲来することから、海岸林に津波を緩和する効果を期待する声もあります。ただし、津波対策としてこれらの林地がどれだけ有効かは慎重に検証する必要があります。2011年の津波被害以前から、津波工学分野では津波の高さが一定以上になると減災効果は期待できない、閾値は8m程度ではないか、との指摘がなされていました(※3)。さらに2011年の津波災害の検証を通じて、標高が低い場所ほど被害が大きく、津波対策としては限界があるとの意見や、海岸林前縁付近の標高差が大きい場所、すなわち防潮堤真裏の海岸林は被害が大きくなること(※4)、海岸林が津波の威力で破壊された場合には、流木の発生によって後背地である市街地の被害を増幅させてしまう恐れがあること(※5)等が指摘されるようになりました。

 宮城県沖の地震・津波の種類をみてみると、M9クラスの超巨大地震(500~600年に一度)の場合、場所にもよりますが津波の高さは数十mにもなります。100年に1度程度の周期で発生するM8クラスのプレート間巨大地震でも、津波の高さは約十数mに達します。上記の分析結果を踏まえると、これらの津波に対して海岸林が果たせる防災機能は限定的といえるでしょう。一方、10年に1度程度の頻度で発生するM7クラスの「一回り小さいプレート間地震」の津波高は約数十cmであり、この程度であれば海岸林の対津波防災機能が期待できる可能性があります。

 海岸林には多面的機能がありますが、あらゆる災害に万能というわけではなく、限界があることを知って頂きたいと思います。とくに津波リスクを抱える場合には、ハード、ソフト両面で異なる予防的対応も準備しておく必要があるといえます。人工林をどこに造林するか、その目的にとって適切な手段か、カバーできる機能はどこまでなのか等について、科学的な検証を重ね、理解を深めておく必要もあるでしょう。

【参考文献】
(※1)酒田市立資料館2020.「第218回企画展 解説資料:飛砂に挑んだ先人たち―庄内砂丘植林の歴史―」
https://www.city.sakata.lg.jp/bunka/bunkazai/bunkazaishisetsu/siryoukan/kikakuten201-.files/0218.pdf
(※2)菊池慶子2016.『仙台藩の海岸林と村の暮らし――クロマツを植えて災害に備える(よみがえるふるさとの歴史10)』蕃山房.
(※3)首藤 1992. 津波工学研究報告, 101–136
(※4)山中ほか 2012. 海岸林学会誌 11(1), 19–25.
(※5)林・下園 2021. 土木学会論文集B2(海岸工学)77(2), I_907–912.

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