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秋峰善「夏葉社日記」を読みました

秋峰善「夏葉社日記」(秋月圓)を読んだ感想です。

「夏葉社日記」は、吉祥寺のひとり出版社「夏葉社」で著者の秋さんが約1年間はたらいたときの記録です。

秋さんは勤めていた出版社を3ヶ月で辞めた後、夏葉社の代表・島田潤一郎さんが書いた「あしたから出版社」に出会います。

そこには、ぼくが出版社2社で悩み苦しんだこたえのようなものが書かれていた。

「夏葉社日記」190ページ

秋さんは思い切って島田さんに手紙を書き、それがきっかけで夏葉社さんで週に1回、書籍の発送などの仕事をすることになります。3ヶ月間の予定だった仕事期間は約1年に伸び、仕事の幅は徐々に広がっていき、島田さんに同行して関西の書店さんに営業に行くまでになります。

一気に読み終えましたがとても良かった…勤めていた出版社でうまく行かず、転職先も思うように見つからなかった秋さんが夏葉社で働くことで、島田さんの本作りの姿勢から学び、書店員さんたちの現場を知り、あらためて自分が作りたい本を見出せるようになっていく。全体を通して、秋さんの回復と再生の物語という印象を受けました。

以下は、ごく私的な感想の断片です。

・島田さんへのお手紙や履歴書全般
熱烈なラブレター、ファンレターというべきもので、読んでいて気恥ずかしくなるほど隠し事なく島田さん、夏葉社への思いをぶつけている。これだけの熱量のこもった文章を届けられる人だからこそ、島田さんも「一緒に働きたい」と感じられたんじゃないだろうか。「ひとり出版社」の夏葉社が(一時的にでも)ふたり体制になるのはそれくらい特別なことだと思う。


島田さんは事務所の扉をあけ、ぼくをさきに通す。アルバイトが代表にエスコートされるのだ。ぼくが頭を下げ外に出ると、島田さんは鍵をかける。

「夏葉社日記」34ページ

島田さんと秋さんは上下関係じゃない人と人との関係という印象を受けた。この部分だけじゃなく、たとえば島田さんと秋さんはお互い丁寧語で話すこともそうだ。

関西へ営業に行ってよかったのは、納品書で書くお店のことを想像できるようになったことだった。一度でも行ったことがあれば、その本屋のことを具体的に想像できるようになる。本をつくるときには、あの店のあの棚のあそこに置いてもらえるように、と未来の本の居場所にまで思いを馳せることができるのである。

「夏葉社日記」107ページ

自分自身、いま編集の仕事をしているけれど、発送や営業にはまったく携わったことがない。しかし、書籍を作って読者の手元に届くには編集だけではなくたくさんの人が関わっている。特に書店さんは、読者と直接やり取りをする最前線だ。百聞は一見にしかずというけれど、書店さんでどんな人が働いていて、その人柄や仕事ぶり、考えていること、棚づくりの工夫など、書店の現地に行って書店員さんと話してみないとわからないことは本当にたくさんあるんだろうなと感じた。編集だけやる、営業だけやるというのは分業が行き過ぎたいびつなかたちかもしれない。

「ひとり出版社をやるとしたら、一冊目が売れないと終わると思うんですよね」
「そんなことないですよ。それこそ十年でも二十年でもかけて読者に届ければいいんです」
「あ、そうか。たしかに、そうですよね」
「夏葉社でいえば、『近代日本の文学史』が四年に一度、『さよならのあとで』は一年に一度のペースで重版しています。そういう本が理想ですね」

「夏葉社日記」163ページ

「変化が激しい時代」だのと言われ、半期や四半期ごとの予算達成を求められる仕事ではこうした本づくりはむずかしいけれど、こうした数年に一度のペースで重版して、息が長くほんとうに必要にしている読者に届き続ける本は…ほんとうに理想だと思う。

以上、断片的ですが感想でした。

ちなみに本書に出会ったのは「間借り書房 いりえ」という神保町の書店さんで話を聞いたのがきっかけです。

店主さんが読んだことがある本だけを扱っていて、本について聞くといろいろと教えてくれる素敵な書店です。もちろん静かに棚を眺めることもできます。素敵な本屋さんなのでお近くに寄るさいはぜひ。

今回の記事は以上です。

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