君が差し出す偏光レンズから音が聞こえる(参)

 「わざとって?」
「言葉の通り。わ・ざ・と……ですよ」
「……よくわかりません。それじゃあ」
「楽しいですか?」
「はい?」
「そんな生き方してて楽しいですか?」
後ろから半笑いでそう声を掛けてきた女は続けた
「いつも思ってたんですけど、そんな生き方してて楽しいですか? たまには良いじゃないですか。たまごサンドで」
「あなた何なんですか。僕仕事がありますので」
一体なんだというのだ。僕が何をしたというのか。
毎日のいつも通りをただいつも通り過ごして、毎日毎日生きて只々人生を全うする。
それで良いじゃないか。そんな普通で良いじゃないか。僕は僕の普通を、毎日を、いつも通りをそうやって過ごして行ったって良いじゃないか。
そもそも何なんだあの女。もう一生関わりたくないものだ。

「たまにはたまごサンドでも良いじゃん!」
走って追いかけてきた女がそう言って僕にレタスサンドを渡してきた。
「たまにはたまごサンドでも良いじゃん。レタスサンド食べないと死ぬ病気か何かなんですか?」
「いや、いらないです」
そう言って受け取ったレタスサンドを返そうとすると、女は三つ編みを揺らしながら走って行ってしまった。
「また明日!!」
……明日?
最悪な気分だった。いっその事朝行くコンビニを変えてしまおうか……いや、あの名前も素性も知らない女の為に自分の” 普通 ”を” いつも通り ”を変えるのも癪だ。どうしてこうなってしまったのだろう。そもそも何が目的で僕に……
考えていても仕方がない。普通を、いつも通りを過ごしたら良いんだ。いつも通りじゃないレタスサンドと共にいつも通りを過ごしたら良いんだ。きっと出社して、いつも通りの時間が過ぎて、カレーライスを食べて、退勤して、帰り道にいつも通りの……
「……珈琲がないじゃないか」
こうして僕のいつも通りじゃない日常が始まった。

 「たまごサンドでも良いじゃん!」
良くないだろ。毎日の決まりだ。何故か今朝言われた言葉が頭の中で繰り返される。そのおかげで何だかずっとボーッとしてしまっている。簡単な資料を作るだけなのに小さなミスを多発させてしまい、怒られるという事はないが少しだけ会社に迷惑をかけてしまっている。
「昼飯行くぞ」
いつもの昼休憩の合図、いつもの定食屋、いつものカレーライス……朝のイレギュラーな出来事で少しおかしくなってしまっただけ。今から、これからはいつも通りの僕の普通を過ごして行けば良いだけ。
「何か悩んでるのか? 元気ねえぞ」
「いえ、大丈夫です」
困った事があったらいつでも俺を頼れよが口癖の上司はいつも周りの人間を良く見ている。頭はあまり良くないが優しくて良い上司だと思う。
「そんな元気のないお前に俺からとんかつのプレゼントだ! 今日はカツカレーにして元気だせ! 食は力なり!」
……もう僕の” 普通 “や” いつも通り “はこの世の中からなくなってしまうのだろうか。これからいったい僕はどうなってしまうのだろうか。

「たまごサンドで良いじゃん!」

そんな時頭に浮かんだのはあの女の顔だった。

“ つづく “


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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