君が差し出す偏光レンズから音が聞こえる(弐)

 朝六時二十五分、毎朝決まった時間に決まったアラーム音を鳴らす目覚まし時計。中学生の時に親から与えられてから毎朝僕を起こしてきた目覚まし時計だ。
そうそう壊れる物ではないと思うが、思った以上に丈夫な作りなのだな、と最近では関心する日もある。

朝起きてからの行動はこうだ
・水分補給
・トイレ
・洗顔
・歯磨き
・着替え
それらを終えると大体六時五十五分頃になる。
やかんへ水を入れてガスコンロの火にかけ、テレビをつける。僕は一人暮らしを初めてから一度もテレビのチャンネルを変えた事がない。いつもの朝のニュース、アナウンサーが変わっていると何だか悲しい気持ちになるのは何故だろうか。
やかんがピーっと口笛を吹いたら沸騰したお湯を湯呑みの三分の二の所まで注いでから、少しだけ水道水を加える。昔朝に必ずこうやって白湯を飲んでいたおばあちゃんが死んで一週間が経った日から毎日こうして真似している。
そして七時二十五分に家を出る。余談だが僕は二十五分という時間が好きで色々な物事を二十五分に実行していたりする。恐らく五分前行動と言われ続けた学生時代の名残のようなものだ。

七時四十分……いつものコンビニ
しかし今日はいつものコンビニじゃなかった。初めてのコンビニ……いつものコンビニなのに初めてのコンビニに変わってしまった。何だか店内に入る事を躊躇してしまう。そんないつも通りじゃない微々たる行動の変化で頭が痛くなってきた。
いつも通り。いつも通りに店内に入って真っ直ぐだ。店内に入ったらただ真っ直ぐ進むだけでそこの棚にいつも通りの目当てのレタスサンドがある。右手でレタスサンドを手に取り、左隣に陳列されている微糖珈琲の缶を左手で握り左足から左方向に九十度体を方向転換……
そこはもうレジ……毎日同じだ。いつもと同じ事を繰り返すだけだ。

変な気分だった。心臓の鼓動が外に響いているんじゃないか?と思う程に聞こえてくる。嫌な予感と平常心を保とうとしている理性が戦っていて、息が上がる、手が震える。
開く自動ドア
店内へ足を運ぶ
真っ直ぐ歩く
……おかしい。レタスサンドが一つしか陳列されていない。
嫌な予感
平常心を保て
鳴り響く心音
ゴクリと飲み込む生唾に苦い痛みを感じる。
大丈夫だ。いつも通り。今まで何度も同じようなシュチュエーションはあったじゃないか。レタスサンドが最後の一つ……月に一度はある事じゃないか。何もおかしい事なんてない。おかしい事は一つもない。
いつも通り、いつも通りこの右手を伸ばせ……
「ラッキー! ラスイチ!」
いつも通りに起きて
いつも通りに家を出たのに
いつも通りに店内に入れなかったから……
でも良いのだ。
そんな日だってあるのだ。
売り切れの日だってあるのだから。そういう日なのだ。元からそうだったと思えば良いのだ。そんな日のいつもを過ごせば良い。振り返って真っ直ぐ店の外へ出ろ。足を止めるな。いつも通り何も買わずに店を出るだけだ。

「いつもこの時間にいらっしゃいますよね」

昨日の女だった。昨日と変わらず三つ編みにむらさき縁のメガネ、でも昨日と違うのはその手にはレタスサンドが握られていた事。
「最後の一つだったので」
そう言って笑っている顔を見て妙に苛立ちを覚えた。
「そうですか」
僕は店を出るんだ。今日は出来るだけ静かに過ごすのだ。レタスサンドを買えなかった日はいつも嫌な事が立て続けに起こるのだから。出来るだけ物事に関わらないように過ごすのだ。
「あの! レタスサンド……」
そう言って僕の前に回り込んだ女は真顔で僕に言い放った。

「わざとですよ」

" つづく "


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