君が差し出す偏光レンズから音が聞こえる(拾壱)

 眩しい朝日が目に染みる。知らない場所を歩く僕は夢の中にいるような、ゲームの世界に入ってきてしまったような、現実なのに現実離れした不安なのにこれからどんなイベントが待ち受けているのかワクワクする子供のような気持ちになっていた。
言われるがままに付いて行って入ったパンケーキのお店はテレビや雑誌でしか見た事がない華やかな内装で、普段耳にする事のないような静かなクラシックのような音楽が流れていたし、メニューには聞いた事もない横文字が羅列し、読むだけで頭がクラクラした。
右も左もわからないとはこの事だろうか。とりあえず僕はメニューを選ぶ事から匙を投げ、全てお任せにした。
注文から十五分程度でパンケーキは運ばれてきた。飲み物のセットらしく、僕には珈琲、彼女の前にはコーラが置かれた。そして姿を現したのはエベレストのように高くホイップクリームが聳え立つパンケーキだった。

 朝のニュース番組の途中の街のグルメコーナーで見たようなパンケーキを前に子供のようにはしゃぎながらスマートフォンで写真を撮る彼女を横目に僕は朝からこんなものを……と思わず吹き出した。
ナイフでパンケーキを切り分けながら食べてみると、見た目とは裏腹に甘さは控えめだし、さっくりとした食感で思った以上に食べ進められる。パンケーキ自体が少ししょっぱめの作りになっているからだろうか味にくどさがない。
パンケーキを三口程食べた後に流し込む珈琲の苦味、人生で初めて “ マリアージュ “ という言葉を口に出したくなった。
絶対に食べきれないと思っていたパンケーキをペロリと食べ切り、珈琲を飲み干し、彼女の方を見ると満足そうな顔をしたその瞳と目があった。
「美味しかった〜」
「そうだね。こんなの朝から食べられないと思ったけど、食べてみると思ったより軽くて余裕で食べ切っちゃったよ。パンケーキってシロップってイメージがあったけど、こんなに美味しいものがあったとはね。本当に美味しかったよ。連れてきてくれてありがとう。またこういう……」
「──相当お気に召しました? 饒舌」
そう言って笑うと彼女は自分のスマートフォンのカメラで僕の写真を一枚撮影した。
「見て。前と全然違う」
ニヤリと笑みを浮かべながら写真を見せられた。そこにはボサボサ頭の男が満足そうに笑っていた。
「なんだか顔色も良いし、楽しそうに笑ってるし、これは一体誰なんだか……」
「僕だけど……」
「初めて君と会った日、心ここに在らず〜って感じで、言い方は悪いけどちょっと気持ち悪かったよ」
「酷いな……」
「それに顔色も悪かったし。糖分が足りてなかったんじゃない? 人間は糖分よ、糖分がないと脳味噌が死ぬのよ」
まあ確かにそうかもしれない。一応糖分は朝のサンドウィッチのパンと微糖珈琲、昼のカレーライスのお米、夜の半額弁当のお米で摂ってはいたが僕は間食というものをするタイプの人間じゃない。毎日同じものを、毎日同じ事を、毎日同じ日常を、只々過ごしてきたに過ぎないのだから。

 「さ、行こう!」
「次はどこへ?」
「……天国?」


“ つづく “


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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