君が差し出す偏光レンズから音が聞こえる

 まず初めに話しておきたい。
僕は今まで自分がどう生きて行けば良いのか、どのように立ち振る舞い、どのような人間でいるべきなのか
何もわからないまま生きてきた。
それは振り返れば物心ついた時からそうだったと思う。
与えられたおもちゃで遊んで
決められた塾と習い事
進路は担任教師がここなら難なく入れるだろうという高校へ進学したし
高校を卒業したらすぐに働いて家にお金を入れなさいという親の一言でそうする事に決めたし、入社が確実な親の知り合いの会社に就職した。
そうして僕は作られた。きっとこれからもそうして生きていくのだと思ったし、そうしていつか死んでいくのだろうと昔からずっと思っていたんだ。あの日までは。


「こんにちは。いつもこの時間にいらっしゃいますよね」
その声のする方へ振り返ると明るめの茶色い髪の毛を二本の三つ編みでぶら下げた、むらさき縁のメガネをかけた、いかにも ”怪しい” 女が僕を見ながら微笑んでいた。
「……何か?」
「毎日同じ時間にいつもこのコンビニでレタスのサンドウィッチと微糖の珈琲を買っていらっしゃるから」
「ストーカーみたいですよ」
「そんな滅相もない。ただ毎日同じなので何か……ルーティン的なものかしら? と思っただけです」
確かに毎日僕はレタスサンドと微糖珈琲を買う。それは高校生の時に告白されたから付き合った女性にある日
「昨日もそのセットだったね!もしかして毎日なの?」
と言われた日から別れた後も今日まで毎日続け始めた “決まり” のようなものだった。
「いえ、ただなんとなくですよ。もう良いですか?」
「ええ、ごめんなさいね。また明日」
そう言うと女は右手の持った湯気立つカップ珈琲を頬の位置まで掲げてから僕に背を向けて歩き出した。
何だか変な気分だった。また一つ決まり事が増えた気がして。また明日僕はあの女に会うのだろう。


 僕は地元の工務店に勤務している。仕事内容は会社のおじさん達の何でも屋さんだ。簡単に言えば雑用とも言う。上司に頼まれた事を淡々とこなして、上司の機嫌を取っている。小さな工務店だからパソコンでの作業は僕以外できないし、会社の人達はみんな昔ながらの……という言葉が似合う人達しかいない。よくこれで僕が入社する日までまともに会社が回っていたな……というのが正直な感想だった。
入社直後はそれはそれは大変だった。至る所に問題が見つかった為、指摘すると
「俺にはよくわからねえ! お前に任せたぞ!」
と背中を叩かれ、簿記や公認会計士等の資格を取るはめになり、仕事と勉強の両立で毎日寝不足で仕事中の記憶があまりない。
「昼飯行くぞ」
いつもの昼休憩の合図だ。
昼食は決まった定食屋さん。僕は決まってカレーライス。
「新入り、顔色悪いな。疲れてんのか? そう言う時はカレーだ! カレーには沢山栄養が入ってるからな。しっかり食えよ!」
入社三日目に上司にそう言われてから僕の出勤日の昼食はカレーライスに決まった。
「お前本当にカレー好きだよな! うまいもんな!」
そう笑う上司を横目に貴方が決めた事なんだよなといつも思う。
そんな感じで毎日毎日変わらない一日を過ごしている。
殆ど残業もない会社だし、プライベートに干渉してくる
タイプの人もいないから凄く居心地の良い場所だと思う。


 今日も何事も変わりなく一日が過ぎて行った。
否……朝の女はイレギュラーな出来事だった。明日の朝も会うのだろうか。会うのだろうな。
経験上あのタイプの人間は嫌いなタイプだ。レタスサンドが何故か売り切れていた朝と同じくらい嫌いだ。

ちなみにレタスサンドが売り切れていた場合、僕はその日何も買わない。そしてそんな日は決まって嫌な事が立て続けに起こったりするんだ。


" つづく "

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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