君が差し出す偏光レンズから音が聞こえる(四)

 「お疲れ様でした」
本当に散々な一日だった。朝の一連の流れ、仕事でのミス、断る事のできないカツカレー、午後も積み重なる小さなミス、判明する忘れ物、足りない小銭 in 自販機……
しかしもう後はいつも通り帰るだけ。
いつも通りにパソコンの電源を切り、外付けSSDをカバンにしまった。外へも出た。いつも通りだ。異変はない。このまま真っ直ぐ毎日の行きつけのスーパーへ行く。きっと何もない。
会社を出て、右へ真っ直ぐ歩くだけだ。
そしてスーパーに入ったら、お弁当コーナーへ直進して半額シールが貼られた弁当を中身も確認せずに一番手前から取るだけ。そして一番空いていそうなレジでお会計を済ませて、後は家まで真っ直ぐ帰るだけ。
何も起こらない。起こるはずがない。

 退勤して軽い散歩がてらの帰り道。いつも行く地元のスーパーは夜八時頃からお弁当に半額シールが貼られ始める。
最近知った話だが都会のスーパーは深夜一時頃まで営業しているらしい。夜中でも楽しめるのだなあと思う一方でそんな時間まで働いている人がいるなんて、日本の労働基準法はどうなっているのだとも考えるし、警察、消防、医師や警備、その他諸々の二十四時間体制で仕事をしなければならない業種の方々には頭が上がらないなあとも思った。
会社から二十分程歩くとスーパーに着く。いつも通り入店して、いつも通りお弁当コーナーへ迷いなく進み、手前の弁当を手に取る……
半額シールが貼っていない……今日は一体どうしたっていうんだ……時計を確認すると七時五十六分から七時五十七分に長針が丁度動いた。いつもより少し退勤するのが早かった? それとも歩くスピードがいつもよりほんの少しだけ早かった?
そんな事を考えながら弁当を持って立ち尽くしていると裏から店員のおばさんが半額シールを持ってフロアに出てきた。
「半額シール、貼ろうか?」
「あ……お願いします。ありがとうございます」
やはり今日は一日の全てが崩れている。
朝からずっとそうだった。
レジで会計を済ませ、スーパーから出る。
とりあえず今日はもう仕方ないのだ。もう過去は何一つ変わりはしない。気持ちを切り替えて行くしかない。
兎に角今は家に帰ろう。そして今日のお弁当を食べよう。いつも通り、いつも通りの夜の過ごし方を過ごそう。
スーパーから五分程歩くといつものコンビニだ。
今朝の事を思い出すがもう仕方がない事。
過ぎ去った過去だ。
あの女はまた明日なんて言っていたが、ポジティブに考えたら良い。毎日あの女とあのコンビニで会う、それもいつも通りにしてしまえば良い。毎日の、普通でいつも通りで、自分の生活ルーティーンの一部にしてしまえば良いんだ。
などと自分の考えをのさばらせているとあっという間に自分の住むアパートの前に着いていた。
「疲れた」
無意識に言葉が口から音になって出ていた。
ズボンの右ポケットに手を突っ込み、ガムとフリスクを押し除け、家の鍵を……
「鍵……がない」
もうここまで来ると何も感じなくなる。
どうしてしまったんだ僕の人生。
どうなって行くんだ僕の人生。
今日もしかしたら死ぬかもしれない。
今日が最期の日……そうだとしてもおかしくないじゃないか。
何もない、普通で平凡で平坦な、なかなかに居心地の良い人生だったよ……


「へぇ〜ここに住んでるんですね」

“ つづく “


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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