君が差し出す偏光レンズから音が聞こえる(拾弐)

 「……天国?」
「天国……かな?」
「待って、早まるな」
「ただのものの例えよ」
彼女はいつも突発的で、行動の読めない人間だった。だからこそ本当か嘘か、彼女の言う事を見極める事は難しい。真剣な顔で冗談を言ったりもするものだから、いつも振り回されている。しかし、僕の心の中で何だかいつも彼女の本心が見えずに不安になっている自分と、本当は本心を押し殺して冗談だと作り笑いを浮かべている可能性もあるのではないか?と思う自分もいて、彼女の事が心配にもなっている。

 「それでその “ 天国 “ ってどこにあるの?」
「……どこだろうね」
「え?」
「電車に乗ってもっと先へ向かうわよ! 今日は色々するんだから、急がないと暗くなっちゃうよ」
一瞬彼女の顔が曇った気がした。いつもは心の奥底に何重にも鍵をかけて閉じ込めている本心のような何かが見えたような気がしたんだ。
それから僕達は電車を乗り継いだりして、色々な場所へ行った。
最初に向かったのは衣料品店だった。僕のくたびれたTシャツや服のセンスの無さに心底うんざりしていたらしく、頭から爪先まで全て彼女好みにコーディネートされた。もちろん支払いは僕の実費だ。
「君、ちゃんとしたらそれなりの見た目になるんだから。これからはちゃんとしてよね」
何だかんだと言いながら満足そうだから良しとしよう。趣味もなければ特にお金を使う用事もなかった僕の貯まる一方だったお金が今日は中々外へ出ていきそうだ。
買った服に着替えた後はまた電車に乗り、向かったのは水族館だった。
水族館に行くのは幼少の頃、家族と行ったきりだった。ペンギンが思ったより近くで見れてビックリした事を覚えている。
中に入って色々な水槽の前で少し足を止めては歩き、足を止めては歩きを繰り返すと円柱形のイワシの水槽の前まできた。
イワシの群れが同じ方向に延々と回っている。何故かはわからないけれど、彼女はそれが気に入ったらしく他と比べて少し長い時間見つめていた。そして何枚か写真と動画を撮影すると次の場所へ歩きだした。

「イワシ好きなの?」
「ずっと同じ方向に、ずっと同じように、毎日毎日……きっと死ぬまでああやって泳ぎ続けるしかないのかなと思ったら何だか……」
「かわいそう……?」
「昔の君みたい」
「いや、なんでそこで笑う」
そう突っ込んで彼女の顔へ目をやると照明のせいかもしれないけれど、何かを抑えているような表情に見えた。

「さて! そろそろお昼といきますか!」
何だかんだと水族館に二時間近くいたので、もうお昼を過ぎていた。駅から水族館へ向かっている途中に “ ファミレス “ があったのを覚えていたので駅に戻りがてら立ち寄って食事にする事にした。
今はカレーフェアをやっているらしいが、ここでカレーを食べてしまうのは何だか僕の “ いつも通り “ に近い気がするので僕はチキンステーキのセットを頼む事にした。
「私は海鮮丼! 君は?」
「水族館の帰りにそれをチョイスするかな……」
「君、君〜、さっき美味しそうなマグロが泳いでいたではないか。アレを見てマグロが食べたくならないとはまだまだだねえ」
そういうものなのだろうか……。でも彼女らしいといえばらしいのかもしれない。
彼女と出会って色々な事があった。彼女の事も少しずつ知る事ができた。僕自身は大袈裟かもしれないが人生が変わった……そんな気がしているから少しは感謝もしている。

 二人の料理が運ばれてきて、これからどこへ行くかや水族館で見たサメの迫力の話やアシカショーでの出来事の話をしながら食事をした。
楽しい話も相待って二人共あっという間に全てを平らげてしまった。
僕はドリンクバーへ食後の珈琲を取りに行き席に戻ると彼女は窓の外の一点をボーッと見つめていた。

「どうしたの?」
「イワシ……さっきのイワシの水槽の前でさ」
「うん」
「昔の君みたい……って言ったじゃない」
「……うん」
「アレね、昔の自分みたい……って思ったんだよね」
「……そっか」
「ずっと決められたレールの上を歩いてた」
彼女のこんな暗いトーンの声も今にも泣き出しそうな瞳も今日までで初めてだった。
「恵まれた家で育ったと思う。欲しいものは大体手に入った。行きたい学校へ行って、希望通りの会社に就職して……」
「うん」
「自分が何なのか、自分らしさって何だったのか、気付いたら全部忘れてた。無くしてたって言い方の方が良いかもしれない」
「うん」
「だから行くの……天国へ」
「……うん」
「全部ぶっ殺してやるのよ」


“ つづく “


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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