第2話 怪物とトトロ
坂元裕二さんの仕事場を初めて訪ねたのは、ちょうど五年前の夏。
一緒に映画を作りたいと伝えていた。だがそれ以外はすべて白紙の状態だった。
僕は、あるアイデアを握りしめ、蝉が騒がしく鳴く線路沿いの道を歩いていた。
オリジナルストーリーというのは、文字通り白紙から始まる。
白紙に物語を書いていく。
だからこそ、始める前の時間を一番大事にしている。
小説を書くときも、オリジナル映画を作るときも、書き始める前に時間をかける。
「そこに普遍性はあるのか」
「それは決定的なテーマとなっているのか」
「なぜその物語を、いま描く必要があるのか」
「そもそもこれは、面白いのか」
脚本家と映画監督と(小説ならば編集者と)、最低一年、ときには二年以上話す。
確証を得るために取材を重ねる。
なかなか始めない、と言われる。そろそろ書きましょう、と急かされる。
悠長に構えているわけではない。いつも焦っている。
けれども決定的なアイデアが、根本的なテーマが、それを伝えるテクニックが、発見されるまでなかなか始めない(始められない)。
とはいえ、例外はある。
坂元裕二さんから『怪物』のあらすじが上がってきたのは、最初の打ち合わせからわずか三ヶ月後だった。そのあらすじを読んだ是枝裕和さんが監督を受け、プロジェクトは急転直下、動き出した。
こんな“奇跡”があるのだな、と感慨に浸りながら、あの夏の日に坂元さんに伝えた『となりのトトロ』のことを思い出していた。