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第6話 ピンクの粘土板
幼稚園にも保育園にも通っていなかった。家にテレビもなかった。
親の教育方針だったのか、ただの気まぐれだったのか、いまだによくわからない(おそらく後者だと思う)。
幼少期はずっと、近所の原っぱで虫取りをしていた。僕が育った埋め立て地には空き地がたくさんあって、オオカマキリやオニヤンマ、トノサマバッタが飛び回っていた。
虫取り網を片手に、草むらを掻き分けて進む。息を殺し、虫の気配を感じる。次第に、草むらの中に自分のからだが溶け込んでいくような感覚になる。すると、わかる。いまどこにカマキリが潜んでいて、どこをバッタが歩いているのか。その瞬間、草むらと僕がひとつの塊みたいな存在になってそこにいた。
誰とも交わらず虫取りばかりやっていた僕は、地元の公立小学校に入学した。
入学式の体育館。
自分と同じサイズの人間がこんなにたくさんいるのか、と驚いた。
式が終わり、教室に連れていかれた。
幼稚園の頃から仲良しだったらしい男子たちは、仮面ライダーや戦隊モノの話をしている。
虫の話をしてくれる同級生は見つけられず、教室でずっと黙ってうつむいていた。
先生がやってきて、一通りの挨拶をすると、油粘土を僕たちに配った。
黄土色の醜い塊が、ビニールの袋にべったりと貼り付いていた。
「図工の授業で粘土を使うので、みなさん粘土板を買ってきてください」
喪服のような黒いスーツに身を包んだ中年の女性教師が告げた。
皆が、はあいと気の抜けた返事をした。
放課後、母にお金をもらい、近所の文房具屋に向かった。
青とピンクの粘土板が並んでいた。迷わずピンクを選んだ。
黄土色の塊を置いて作業するのには、鮮やかな色がふさわしいと思った。
翌週、図工の授業があった。
僕は意気揚々と、ピンクの粘土板を机の上に置いた。
すると、隣にいた女子生徒が驚いた目で僕を見た。続けざまに後ろにいたやんちゃな男子が、声をかけてきた。
「おまえ、なんで女子の粘土板買ってんの?」
綺麗だと思ったからピンクを選んだことを彼に告げた。
けれども彼は、はあ? とため息をつくと、
「川村が女の色を買ってきた!」
と叫んだ。
次から次へと同級生たちが集まってきて騒ぎ出した。
皆がピンクの粘土板を指差して笑った。笑われながら不思議に思った。
どうしてピンクが女の子で、青が男の子なのだろう。
誰がそんなことを決めたのだろう。
赤とんぼもオシドリも、オスの方が赤いのに。
その日、僕は泣きながら家に帰った。
女の色だとバカにされると母に訴え、お金をもらい、文房具屋で青色の粘土板を買った。
学校で完成できなかった粘土細工を、家で完成させた。
ピンクの粘土板の上でそれは、やはり綺麗に見えた。
あれから四十年近く経った。
いま僕は小説を書き、映画を作っている。
一貫して、やってきたことがある。