経営に生かしたい先人の知恵…その49
◆ひとりでは何もできない…人をよく用いる力◆
始皇帝の秦が崩壊したあと、天下取りを競ったのは、司馬遼太郎の小説でもお馴染みの項羽と劉邦だった。軍勢では圧倒的に劣勢だった劉邦が、なぜ項羽に打ち勝って「漢」を建国できたのか。その理由については、次のように語られている。
「はかりごとを本陣のとばりの中で巡らし、その結果、勝利を千里の外で決する点では、わしは子房(張良)に及ばない。国家を鎮め、人民を手懐け、食糧を供給して糧道を断たない点では、わしは蕭何に及ばない。百万の軍をつらねて戦えば、必ず勝つという点では、わしは韓信に及ばない。この三人は優れた人物である。わしはこの三人をよく用いることができた。これがわしが天下をとった理由である。項羽にはただ一人范増がいたが、彼を十分に用いることができなかった。これが、項氏が天下を取れなかった理由だ」。
高祖(劉邦の皇帝名)は、自分より優れた能力を持つ人物をうまく用いることができ、項羽はそれができなかった。ここに勝負の分かれ目があったとする高祖の見解は、見事なまでにリーダーのあるべき姿を指摘している。
アメリカの鉄鋼王アンドルー・カーネギーの墓碑銘には、「己よりも賢明なる人物を身辺に集むる法を心得しものここに眠る」と書かれているそうだが、優良なリーダーには古今東西を問わず、共通点のあることがよく分かる。
日本マクドナルドの創業者・藤田田は、世間ではワンマン経営者のように思われていたが、その実は、人を用いる力に優れた人だった。ある時、藤田氏本人に「イメージとは違い、ワンマンではないのですね」と投げ掛けると、次のような答えが返ってきた。
「ひとりで商売はできないからね。人を大切にしないと事業は伸びません。一般的に言って『社長』という地位にある人間は、自分は何でもできる、だから社長になっているんだと自惚れている人が多い。しかも、自分はそのことに気がついていない。しかし、自分は万能であると思い込んでいる社長は必ず失敗する。最近は世の中の変化が早いから、天才といえどもひとりで何事もすべてやっていくというようなことが長続きする訳がない。多くの人の意見を聞き、世の中の動きを把握していないことには、事業はやっていけないである。ひとりですべてやっていれば、社長のプライベートな時間中は、社の動きはストップしてしまう。結局は能率も悪くなり、事業は停滞してしまいますよ」。
ただし、人を用いるに際しては注意しなければならないことがある。それは同じタイプの人間を集めないことだ。本田技研創業者・本田宗一郎は、まったくタイプの違う藤沢武夫に、自分が不得手な営業と経理を任せている。あの松下幸之助も、経理は高橋荒太郎に委ねていた。藤沢を招いた理由について、本田は「自分にないものを持っているから」だと語っている。
「同じ傾向の考え方をする人間ばかり雇い入れている会社は、視野が狭くなり、創造性を失って、頭の鈍いクローンばかりがいる澱んだ場所になってしまう」と指摘する経営学者がいたが、その通りだ。
かの老子は、人をよく用いる秘訣を、「相手の下手に出ることだ」と言っているー