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オレンジの無いセカイ

 はらはらと雪が落ちている。地面に積もった雪はところどころに靴の跡を残し、何度も別の方向の靴跡を上書き保存している。駅なかのロータリーでは足場が組み立てられており、ねずみ色のネットの隙間からちらりと緑色を覗かせている。

 喫煙所に着いたと同時に、ダウンジャケットの左ポケットに手を入れ、マルボロとライターを取り出し、ほとんど反射的にタバコと咥えて火を点けた。くゆりと昇る煙をぼんやりと見つめながら、「この中でオレンジ色の物体を持っているのは俺たちだけだな」と思い、再びタバコを口に咥え直す。短くなったタバコを備え付けの灰皿に軽くこすりつけ、吸い殻を捨てた時、世界が一瞬オレンジに光った。いや、光った気がしただけかもしれない。硬直した左手から視線を外し、喫煙所の外を眺めた。世界は全く変化のない様だった。ただ一つ、周りにいた喫煙者たちが、オレンジのパンプスを履いた一人の背の高い女性に変わっていることを除いて。

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