マネジメント神話――現代ビジネス哲学の真実に迫る(著:マシュー・スチュワート、訳:稲岡 大志、明石書店)
プリンストン大学で政治哲学を専攻し、オックスフォード大学にてニーチェとドイツ観念論についての研究で博士号を取得したという異色の経歴で経営コンサルティングファームへと入社したマシュー・スチュワート氏が著者。テイラー、メイヨー、アンゾフ、ピーターズ等経営学の巨人たちを挙げながら、企業経営を科学的に把握・検証できるという思想の批判を行い、むしろ人文学に示唆を求めることを提示している本。
マネジメント理論は神話的
原題は "The Management Myth: Debunking Modern Business Philosophy"なので、邦題の通りそのまま「マネジメント神話」という意味だ。この「神話」をどう認識し、いかに取り扱うかがビジネスやマネジメントを語る上ではとても重要なポイントである。
神話とは何だろうか。ChatGPTに聞くと以下の様な答えが返ってくる。
ドライに言ってしまうと、神話とは「説明のためのツール」だと言える。自分たちの存在の本質や世界の起源といった、深淵で簡単には説明のつかないことに(多くの場合「神」または「神々」という存在を持ち出して)説明をつける。ある神話体系を共有している集団は、自分たちの存在や世界を同じような視点で切り取り、認識することで、思想・文化的側面から集団としての紐帯を維持する。
神話は、深淵なテーマを集団が納得したり信じたりする形で説明するものである必要があることから、合理的でなければならない。時代も文化的背景も異なる私達から見ると、古代の神話が「合理的」とは考えにくいかもしれないが、あまりに荒唐無稽な話は誰も理解できないし、理解したとしてもそれを信じようとは思わない。多くの人がある神話を受けいれているという事は、その神話はある程度納得感があり、それを聞いた人にとって「致命的な突っ込みどころがない」という意味で合理的なものであるはずだ。
一方で、神話は何もかもを説明できる魔法のツールではない。説明の方法として一定程度の合理性はあっても、少し考えると変なところがあったり、神話の説明とは食い違う現実の事象が観察されたりする。そして神話は、その神話を共有している集団にとって神聖なものであり、例え矛盾が発見されたとしても、多くの場合「神話が正である」ことが前提になる。
本書に通底する考え方は、「マネジメント理論も、本質的には神話と変わりはない」ということだ。マネジメント理論は、神話と比較して科学に近い学問であると通常は考えられているのではないだろうか。例えば、本書で批判的に考察されているテイラーの「科学的管理法」は、労働者を客観的基準をもって管理し生産効率を改善していくという点で、その名前の通りまさしく経営を「科学」しようとしたものである。
テイラーの科学的管理法は、筋が通った方法論であり、使いどころを間違えなければ有効である。現代でも多くの企業が、多少なりともテイラー的方法論をあらゆるビジネスの現場に適用している。しかし、当然ながら常に有効なわけではないし、無理に変なところに適用しようとすると矛盾が生じてくる。例えば、テイラー的価値観では労働者の人間性にはフォーカスが当たらず、創造性の発揮や長期的視点に立った事業成長には繋がりにくいことが多い。
要は、あくまでも「1つの見方」であり、これを絶対正しいものとして見てしまうと、まさしく神話と同じになってしまうというわけだ。同じことは他のマネジメント理論にも言え、1つのマネジメント理論を絶対的根拠とすることにはやはり無理がある。しかし本書を読むとよくわかるが、優れたマネジメント理論が登場すると、まるで絶対的なもののように見做して扱ってしまうケースが散見される。まるで純粋科学のように、常に再現可能な普遍的理論として受け取ってしまうのだ。そして、多少矛盾が生じてもちょっと無理をしてでも当てはめてしまう。
マネジメント理論は、科学ではなく神話としてみた方が「正しく」使える
マネジメント理論は本来は神話的であるのにもかかわらず、まるで科学のように考えてしまうと正しく使えなくなる。逆に言えば、「神話的である」ということを理解しておけば正しく使えるのではないか。
「神話的である」とはどういうことかを振り返っておくと、①物事のある側面を合理的に説明できるが、②あらゆるケースに適用できるわけではないにもかかわらず、③ついつい「あらゆるケースに適用可能な汎用的理論」と捉えてしまいがち、ということだ。
著者はこれを「マネジメント理論は人文学に属する」と表現している。人文学で示される理論を、常に適用可能なものとして捉える人はいないだろう。しかし、マネジメント理論になった途端にまるで純粋科学の理論のように捉えてしまう人が頻出するのである。
この点を理解する、つまりマネジメント理論の性質と限界を理解しておけば、マネジメント理論の使いどころを押さえることができる。そのマネジメント理論が適用可能なシーンとタイミングを理解し、そこから逸脱しない。逸脱しがちであることを認識し、使い方をコントロールする。これが重要だ。
経営コンサルティングにおいても、優れたコンサルタントは既存の理論やフレームワークをあまり持ち出さない
私はコンサルティングファームに在籍経験があり、様々なコンサルタントと一緒に仕事をしたが、優秀な人ほど経営理論やフレームワークはあまり使わない。経営課題というものは文脈依存度の極めて高いものであり、常に求められているのは「特殊解」であるということを理解しているからだ。一般化された理論やフレームワークがぴったり当てはまるケースなどあまり存在しないのである。
しかし、理論やフレームワークを適切な文脈で用いて論点を具体化したり、議論の種にして検討を深める、という使い方はする。テイラーの例と同様に、使いどころを見極めれば理論やフレームワークは有効に機能するのだ。つまり、優れたコンサルタントはマネジメント理論やフレームワークが神話的であることを認識したうえで上手く使っている。
マネジメント理論やフレームワークを学んでも上手く使いこなせないと感じている人にこそオススメできる1冊だ。ビジネスパーソンの視点では捉えにくい、マネジメント理論の本質と限界を浮き彫りにしてくれる。
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