生産性が高い人の8つの原則(著:チャールズ デュヒッグ、訳:鈴木 晶、 ハヤカワ文庫)
仕事をしていると、生産性という言葉を毎日のように耳にする。でも意外と、そもそも生産性とは何かを深く理解せずにその言葉を使っていることが多い。
【生産性=アウトプット/インプット】
伊賀泰代さんによるビジネス書の名著「生産性」では、上記の様な単純だか強力な定義が示されている。この定義によれば、より少ないインプットで、より多くのアウトプットを出す。これこそが生産性を高める方法ということだ。
定義が明確になったら、次に来る問いは「より少ないインプットで、より多くのアウトプットを出すにはどうしたらよいか」ということだろう。議論をわかりやすくするために、インプットを時間に置き換え、固定して考えてみる。1日8時間働いているとして、普通の人は毎日 "1" のアウトプットを出しているところ、"3" や "5" 、はたまた "10" や "100" といったアウトプットが出せる人が生産性の高い人ということだ。
アウトプットを1から3、1から5くらいに増やすことは想像しやすい。普通の人は1日1件案件が取れるところ、3-5件とれる人。普通は1日1つの資料しか作れないところ、3-5つの資料を作ることができる人。皆さんの周りにもいるだろう。数倍のアウトプットの差は、作業の速さや慣れ、仕事のちょっとした工夫で到達できる可能性がある。多くの場合、そのために仕事の考え方ややり方を抜本的に変える必要はない。
しかし、アウトプットを10倍、100倍にするには仕事の考え方ややり方を抜本的に変える必要がある。どんなに効率的に行動できる人でも、人の10倍や100倍効率的に動くことは、同じ人間である限り不可能だからだ。全く異なるアウトプット創出を考えることが求められる。
では、10倍や100倍のアウトプットを出すためには何が必要なのか?まずはアウトプットを「量」ではなく「質」や「インパクト」に置き換えて考えることから始めなければならない。営業をして、1つの案件を獲得する。数倍のアウトプットを出すためには、単に獲得する案件の数を増やせばよい。しかし、10倍や100倍のアウトプットを出すには、案件の質やインパクトも考慮に入れる必要がある。
例えば、広いネットワークを持っている人(企業オーナー等)をまず顧客にして、その人が自社の従業員や知人、取引先のオーナー社長に紹介する流れを作る。そうすると、最初の1件を獲得するとそのあとに数百倍、数千倍の案件を芋づる式に獲得できる可能性が出てくる。こういった考え方を抽象化し、「知的生産」一般に適用可能な洗練された形で提示したのが安宅和人さんの「イシューからはじめよ」である。イシューを捉え、アプローチすることで生産性は10倍どころか、数千倍、時には数万倍にも跳ね上がる。
前置きが長くなったが、本書「生産性が高い人の8つの原則」は、いわゆるイシューを捉え、解決に導く形で普通の数百倍~数万倍もの生産性を発揮する人の共通項を抽出し、説得力のある内容にまとめたものだ。
なぜこんなに長い前置きを書いたかというと、数倍の生産性と数百倍以上の生産性とでは扱うべきテーマが異なってくるからだ。数倍の生産性を論じる際に重要なのはテクニックや知識である。いわゆる「生産性ハック」のような本に書かれている内容は、数倍の生産性を扱ったものである。
一方で、数百倍以上の生産性を論じる際に重要なのは、人の認知やメンタル、習慣や思考、組織の作り方や動かし方である。そこには画一的なテクニックや知識は介在しない。数倍の生産性を求めるサイトは異なり、仕事の考え方ややり方を抜本的に変える必要があるので、より深いところにある「人の頭や心の使い方」や「組織からの知見や強みの引き出し方」といったことがポイントになってくるのだ。
そういった観点で、本書では8つの原則を挙げている。どれも「生産性ハック」的なテクニックではないことが良くわかると思う。
やる気を引き出す
チームワークを築く
集中力を上げる
目標を設定する
人を動かす
決断力を磨く
イノベーションを加速させる
データを使えるようにする
8つの原則のうち、特に興味深かったのは「3.集中力を上げる」「6. 決断力を磨く」の2つだ。「3.集中力を上げる」パートにて取り上げられている事例として、直感的に赤ん坊の異常を見抜くダーリーンという看護師が出てくる。ダーリーンは、脳内に元気な赤ん坊のイメージを強く持っており、そこから外れている赤ちゃんを見た時に直観的に異常を探知することができた(他の看護師はより時間をかけて観察していたにも関わらず異常を察知できなかった)。こういった人を本書では、「強いメンタルモデルを持っている」と表現している。つまりは、自分なりにある程度の確証がある具体的な「仮説」を持てているということだ。
「6. 決断力を磨く」パートでは、更に議論を一歩進めて、確実な未来を描くのではなく、確率論的に考えることの重要性を提示する。
確率論的に考えるためには正しい前提知識を得られないといけない。成功例だけではなく失敗例も知っておく必要がある。そして事例を把握しながら前提知識を徐々に修正していく。
シナリオのうちどれが実現する可能性が高いかを見抜く能力を育てる。そのためには統計学、ポーカー、成功や落とし穴の体験などが有効。ベイズ的本能を育てる。
重要なのは、未来を複数の可能性と捉えること。知っていることと知らないことをはっきり区別すること。実現可能性の高い選択肢を自問すること。
つまり、生産性の高い人は複数のシナリオを想定しながら、確率論的に考える。メンタルモデルを構築しながら、それを徐々に修正していく。生産性の高い人は「仮説思考」的である。
加えて、「7. イノベーションを加速させる」も関心を引く内容だ。生産性の高い人はイノベーティブな人と重なりにくいイメージがあるかもしれないが、生産性と独創性には強い関連があることが良くわかる。
イノベーションは、決して突飛な考えばかりから出てくるわけではない。遠い要素をグッと繋げて組み合わせることができれば、高い独創性に繋がる。本書では「群を抜いて独創的な人は本質的には知的媒介者。異集団間で知識を移動させることができるイノベーション・ブローカー」と分析されており、「自分の経験を結びつけて新しいものを創造できれば独創的なブローカーになれる」。新しいものは越境者から生まれる。
繰り返しになるが、本書は数倍の生産性を論じた「生産性ハック本」ではない。数百倍以上の生産性を論じた内容である。ハックのためのテクニックを期待して読むとハズレと感じるだろう。しかし圧倒的に高い生産性を追求したい人が読めば、その豊富な事例も相まって、多くの有益なヒントを得られる。