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アリストテレスから学ぶ「定義」の方法

人と人がコミュニケーションする際、同じ言葉を使っていても全く異なることを頭の中に思い浮かべていることがある。仕事において、自分の話がうまく相手に伝わらない時や、話が嚙み合わない時には、自分や相手の伝達力や理解力が十分ではないことが要因である場合もあるが、そこで使われている言葉やコンセプトが十分に定義されていないことが要因であることも少なくない。

しかし、何かを定義することは想像以上に難しい。そもそも「定義」とは何だろうか。ネットで意味を引くと、「物事の意味・内容を他と区別できるように、言葉で明確に限定すること」とある。

英語で同様の意味の言葉は"define"だが、これは語原を辿ると”de” (completely) + "finire" (to bound, limit) とある。つまり、明確に境界線を引くことを指している。

つまり「定義」をするためには、定義する対象が他のものと混同されず、明確に区別されている必要がある。これがものすごく難しい。難しいからこそ、定義がなかなか安定せずに、議論が錯綜したりする。定義が落ち着くと、絡まっていた話の糸がスッと解け、議論が一気に前に進むことがある。何かをきちっと定義できるということは、それだけで非常に役立つスキルである。

記述による定義

何かを定義するときによく採用されるのは、定義したい対象を記述していく方法である。例えば人であれば、身長、体重といった外形的要素や、性格や口癖といった内面的要素を挙げていき、定義する対象の人物Aを特定していくやり方だ。

この方法は、記述する要素が有限である場合には非常に有効だ。例えば、色にはRGBという表し方がある。赤、青、緑という三原色をそれぞれ256段階に分け、その組み合わせで色を表現する方法だ。黒はRGBカラー(0,0,0)で表され、完全な白色は(255,255,255)で表される。RGBは、記述する要素が僅か3つしかない。3つの値を挙げれば色を定義できる。

RGBは極端なケースだが、このように記述する要素が有限であることがわかっている場合、各要素をしっかり記述すれば対象は一義に決まる。

一方で、記述する要素が有限ではない、もしくはいくつあるか容易には特定できない場合には、この定義方法は有効ではないことが多い。冒頭に挙げた「人物の定義」などは厳密に考えていくと記述的に定義するのは非常に難しい。例えば一卵性双生児のように、ほとんどの要素が一致しているが別人物であるケースもあるし、名前やその他特徴が全て一致しているが別人物という「リアルドッペルゲンガー」が存在する可能性も否定できない。

働きによる定義

記述による定義が難しい場合に有効なのが、定義したい対象の働きを定義する方法だ。例えば、ビジネスで頻出する用語である「ベンチャー企業」をどう定義するだろうか?一例として次の定義を見てみよう。

ベンチャー企業について、正確な定義はありませんが、革新的なサービスを開発し、イノベーションを生み出す企業であり、設立数年程度の若い企業です。

日本政策金融公庫「現代のベンチャー企業を知る」https://www.jfc.go.jp/n/service/pdf/kei_qa_1610.pdf

この定義のうち、「設立数年程度の若い企業」は記述的な定義だ。他にも、従業員数やサービスの成熟度合い等、記述できる要素は多くあるだろう。しかし、それらを並べていっても、単に規模の小さいいわゆる「中小企業」なのか、それとも「ベンチャー企業」なのかを明確に区別することはできない。

「革新的なサービスを開発」「イノベーションを生み出す」は、記述的な定義から「組織の働き」から定義するアプローチに近づいている。しかし、「革新的なサービスを開発」することは組織が行っていることを記述しているだけとも言えるし、「イノベーションを生み出す」とは単に結果を指しているだけとも言える。故に、どういった働きを持った組織がベンチャー企業なのかをダイレクトに説明し切れてない面がある。

より「働き」を中心に据えて定義しているのが、平成26年にとりまとめられた「ベンチャー有識者会議」の資料で示されている記載だ。

ベンチャーとは、新しく事業を興す「起業」に加えて、既存の企業であっても新たな事業へ果敢に挑戦することを包含する概念である。

ベンチャー有識者会議https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/downloadfiles/yushikisya_kaigi_torimatome.pdf

「新たな事業へ果敢に挑戦する」ことがベンチャーであるから、そのために起業すると当然「ベンチャー企業」になるし、既存企業でも「新たな事業へ果敢に挑戦する」のであればある意味では「ベンチャー企業」と言える、ということになる。

1つ前の定義には「革新的なサービスを開発」することが要素として含まれていたが、「革新的なサービスを開発」をしていようがしていまいが、「新たな事業へ果敢に挑戦」していればベンチャーである。例えばNVIDIAは、あえて極端な言い方をすれば「革新的なサービスを開発」したわけではなく、GPUを他の追随を許さないレベルでアップグレードし続ける戦略と1点突破のリソース投下により今の地位までのし上がった。ではNVIDIAがベンチャー企業でないかというと、そうではないだろう。間違いなく、「新たな事業へ果敢に挑戦」したベンチャー企業である。

このように、定義したい対象に内在する「働き」を削り出すことで、複数の要素で記述的に定義しても上手く定義できなかったものがバシッと一発で定義できるということは多い。

この「働き」を同定することによる定義を明確な形で示してくれているのがアリストテレスである。以前、「詩学」を取り上げた際にも簡単に言及したが、アリストテレスは「古代ギリシャ悲劇」を定義するために、その本質的な働きを取り出し、議論の土台を固めることで2000年以上読み継がれる芸術論を書き上げた。

この偉業は明確な定義なくしては実現しなかったことだ。仕事においても、ものの働きを同定することで定義を揃えていくことを覚えると、一気に議論の視野が広がる。

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