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素人が源氏物語を読む~空蟬と夕顔(2)設定編


源氏物語には身分違いの恋が多数描かれます。身分高い殿方と中流女子との恋は多いです。

そんなの、カップリングの傾向が同じならワンパターンなんじゃないの? 王道ひとつ決めていただければ、それだけ読めば良くない?

そんな疑問を抱いたこともありました。だって、何度も挫折する自分が情けなかったんですもん。

「そこを読んだなら、源氏物語を読んだことあるって言ってもいいよ」っていうふうに、最低限のとこは満たしてることになりたかったんですよ。『バーナード嬢曰く。』の読書家ぶりたい女子高校生さわ子のようです。

全54帖中の2~3帖では、光源氏は空蟬、夕顔と呼ばれる中流女子と立て続けに恋します。相手が同じ中流女子なら同じ展開になるのでしょうか。

今回は2人のガールズの各種設定を見比べていきます。
4つの項目に分けました。

■お住まい■■

【空蟬】

・中川(賀茂川)あたりに住む紀伊の守(きのかみ)邸に、旦那の物忌みの関係で来ていました。

・その家には遣水や涼しい木陰があります。部屋の前の植え込みも良い感じです。水面を渡って来る風は涼しい。虫の音が聞こえ、蛍が飛び交うのも見えます。広いですし空間の使い方が贅沢ですね、そんなふうなカフェで美味しいコーヒーを飲みたいです。

・渡殿や寝殿もあります。

・上記の説明から国語便覧に載ってた寝殿造なのでありましょう。

・光源氏からすればランクの下がる住居かもしれませんが、ちゃんとしたお屋敷と言えるでしょう。

・朝を告げるのは鶏の声です。


【夕顔】

・光源氏の乳母の家の隣に住んでいます。ごちゃごちゃした小さな家が並ぶむさ苦しいエリアです。檜の薄板の新しい垣根、新しい白い涼しげな御簾の質素な家です。空蟬の舞台が豪奢な寝殿造なのに対して、こちらは下町の雰囲気です。

・門のなかには質素な板塀があります。そこに咲くのは夕顔ですが、光源氏にとっては名前も知らない花です。雑草のようなものでしょうか。身分高すぎて世間知らずな光源氏です。

・夕顔と呼ばれる女性はこの家に五月頃から住んでいます。

・光源氏は「下級のなかの下級の粗末な住まいだ」と思っています。

・月の光が粗末な板葺きの隙間から漏れ入ってくるような粗末な家です。

・暁近くなると市中の雑多な音が聞こえてきます。不作を心配して隣人と語り合う人の声。米をつく唐臼の音。砧で絹を打つ音。鶏の声はしません。老人っぽい声で念仏を唱えるのが聞こえます。このあたり、雅な方々には「ザ・異世界」って感じしたでしょうね。

・庭というほどの庭は無いですが、恋の最中にある光源氏には朝露も宮中と同じようにきれいに見えますし、虫の音が近すぎてうるさいのも新しい趣向かとポジティブにとらえます。恋は盲目。貧困そのものは思春期の恋の障壁にならないものだとしたら、セレブ層は焦り、中流層は興奮したかもしれません。平安時代は女の子の部屋でおうちデートが基本です。

・ある日、光源氏がデートに連れ出して、古い邸宅に向かいます。そこはゴージャスながら手入れがされてなくて草木が繁り放題とあります。魑魅魍魎が出そうだとも。なぜ、よりによって、こんな家に来たのでしょう。謎です。まあ秘密の恋って、行動範囲を狭めますもんね。よかれと思っても調査不足で実際には変なとこだったりしがちです。衝動的に連れ出した感も読みとっていいのかもしれません。

■■家族構成とか同居人■■

【空蝉】

・実父は衛門督(えもんのかみ)で殿上人。娘である空蟬を入内させて帝の妃のひとりにしたかった。お嬢育ちと言えると思います。

・そんな裕福な暮らしも、実父が死ぬ2年前までのお話でした。

・自分と弟の生活のために、伊予の守(いよのかみ)という老人の後妻となります。

・いま身を寄せている紀伊の守の邸には可愛らしい声で喋る若い女房からおばちゃんまで、たくさんの女がいます。

・紀伊の守は年老いた夫の連れ子。空蝉からしたら紀伊の守は継子です。年も夫より継子のほうが近そうです。

・継子=紀伊の守の子どももいるし、夫=伊予の介(いよのすけ)の子どももいます。空蟬の弟の小君もいます。小君、立場弱そうですね。

・夫=伊予の守は、もともとはそれなりの家柄の血筋だそうです。いまは位が低いのですが。


【夕顔】

・何人もの女が働いています。この家には男性の気配がしません。男性がいる、いない、も対比になっているのでしょうか。

・なかなか美しい女の童(めのわらわ)がいます。あっち(空蟬)が少年なら、こっち(夕顔)は少女、っていうことなのでしょうか。対比的です。

・彼女がどこの誰なのか、素性を調べても全然わかりません。スパイかというくらいわかりません。最初から全部知れていた空蟬のケースとは真逆です。

・人目につかないように隠れて暮らしているようです。

・パッと文を返せる優秀な女房がいます。

・両親は早くに亡くなりました。父親は三位の中将で身分が低い方ではなかったのですが、生計はままならなかったそうで、位が高くても金がない、という意味で中流でした。裕福だけれど位の低い空蟬ファミリーとは逆です。

・夕顔には乳母が2人いました。1人は五条の家で一緒に暮らしていた女の母。もう1人は西の京に住む三人姉妹の母で、夕顔の一人娘はこちらに引き取られています。金回りのよい乳母家ですね。身分と金回りがイコールではない例です。

■■身体■■

【空蟬】

・頭がほっそりとしていて、小柄。顔を隠そうとする袖から覗く手は痩せています。

・まぶたが少し腫れぼったくて、鼻筋も不明瞭。おばさんっぽいし、色気もない。ひどく言えば不細工だそうです。平安美女は引目かぎ鼻だと聞いたことがあり、その条件にモロに当てはまりそうなのですが……。

【夕顔】
・どこといって優れているということはないが、ほっそりとしてたおやかであると書かれています。非常に小柄。サラサラとした黒髪。

■■ファッション■■

【空蟬】

・濃い紫の綾衣(あやぎぬ)の単襲(ひとえがさね)に、もう一枚なにかを羽織っているそうです。

・「あやぎぬ」が衣装の事なのはわかるのですが、綾織りの無地のものなのか、きれいな柄物なのか、いまのところ私はわかりません。

・「ひとえがさね」は裏地のついてない「ひとえ」を2枚重ねにする夏の着方です。

・とりあえず、夏に濃い色のコスチュームを纏うセンスの女性です。

・2度めに光源氏が寝床に来たときは、手近にあった夏の絹のひとえの小袿(こうちぎ)をサッと羽織って部屋を出ていきます。

・その後、光源氏は彼女の着ていた薄絹のひとえを持ち去ります。

【夕顔】

・白い袷(あわせ)に薄紫のしんなりとした上着。地味だが可愛い、と光源氏は思います。

・袷というのは、裏地付きの着物で、あたたかいけど、綿入れほどではないそうです。着る時期に厳密になったのは江戸時代の頃だそうです。空蟬が単を着ているのよりも後で8月よりも前なので、暑そうな気がします。着の身着のまま今の住居に移ってきたのでしょうか。ここはひとつ、謎です。

■■まとめ■■

空蟬と夕顔のコントラスト、2人は同じ中流なのにディテールを積み重ねることで結構対比的に書かれています。

2人のことだけじゃなく、光源氏が夕顔をデートに連れていった廃墟みたいな邸宅、あれも元々は由緒あるゴージャスな場所だったのが魍魎が出るような荒れた屋敷に成り下がっているというのも、出自や由緒は決定打にならないと言われているような気がしました。雨夜の品定めのとこでセレブ男子が「女って身分高いだけじゃツマンナイよね」と言っていましたが、読み進めるうちにその世界観に呑み込まれて「確かにそうだ」と思わされていきます。

源氏物語については、一気に時系列に沿って書かれた作品じゃない可能性もあると思ってるんですが、読者の反応や推敲によって、こんなに面白くなるのかという感動が、全54帖のうちの3帖を読んだだけでも、あります。

空蟬と夕顔(1)あらすじ編、はこちらからどうぞ。

https://note.com/genji_beginner/n/neb0e1be25609

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