選挙立ち合い人やってみた
「選挙立ち合い人をやってみない?」小さな町で役場の臨時職員をしていた私は上司からそんな誘いを受けた。
立ち合い人が何をするか全くわからなかったし恥ずかしながらそもそも投票すら数回しか行ったことがなかったが「いい経験になるんじゃない」と半笑いで言われたことで確かにと思い受諾した。
なんとなく楽しそうだったし、なによりも一万円の日当がもらえるという情報がわたしを後押しした。
選挙の立会人とは投票するとき受付や説明はしないけど笑顔で会釈をしてくれる、あの人たちのこと。
数日後届いた受諾書に返答し、昼飯は親子丼とカツ丼どっちにしたいですかという電話がきた。わたしはこっちの方が選挙っぽいという理由でカツ丼を選んだ。当日どんな服装で行けばいいか聞くと担当者に「普段通りでいいですよ」と半笑いで言われた。役場には半笑いで喋ってくる人が多い(いい意味で)。就活の「私服可」という罠ワードを履修済みのわたしは当日しっかりジャケットを羽織って行った。
当日は朝6時半に投票所に集合。家から徒歩1分ほどの場所だったので20分には着こうと思っていたがわたしがそんなことできるはずもなく、28分に着いた。早朝に走ってきたのでおはようございますの声はかすれた。
投票所である公民館に着くと選挙事務の役場職員が7人と数回挨拶を交わしたことのある近所のおばあちゃんがいた。このおばあちゃんが今回の立ち合い相方、ということらしい。緊張しながらもおばあちゃんの隣に座り、特に説明を受けることなく7時の投票開始を待った。会場設営をしている顔見知りの役場職員を手伝おうとしたが立会人さんは座っててとまた半笑いで言われた。臨時役場職員は普段都合のいい若い労働力として使われることが多かったため(いい意味で)、ボケーと座りながら働くおじさんたちを見るのは少々気まずさがあったがどうやら今回は役場職員の手伝いで呼ばれたのではなくいち町民、第三者としての目、という役割のようだった。実際この相方のおばあちゃんも役場とは関係のない一般おばあちゃんだが、いきなり役場から電話が来て呼ばれた、と言っていたのでおそらくその役割で合っているのだろう。
7時きっかりに腰の曲がった老婆(家から見える畑で見る度に何か作業をしている妖精みたいな人)が投票に来て、投票箱に何も入ってないですよ、という確認作業の後投票がスタートした。夜6時半まで、丸半日ノンストップの長丁場だ。
朝早いということもあり老人がちらほら来る。飲食店と同じで来場者の波がありくる時は何人も一気に来るが来ない時は全く来ない。「アイドルタイム」から連想されAKBのキンガムチェックが頭の中をループしていた。
ピリついた空気感になるのかと思っていたが意外にそれほどではなく人が来ない時は職員たちも談笑する和やな雰囲気だった。
入場して向かって左側に受付の数人、向かい合った右側の二席に我々立会人が座り、相方のおばあちゃんは大事な任務を任されている高揚感からかしきりに話しかけてくれた。古物の買取業者が今度来るという話にそれ詐欺のよくある手口じゃないですかと心配すると、じゃあ査定の時にあなたも来てよと言われなぜかそっちの立ち会いもすることになった。
来場者のボリュームタイムは8〜10時ごろでお昼が近づくと客足も遠のいた。
12時になるとお昼ごはんということになったが昼休憩がないことには驚いた。人が来ない時は職員みんな好き勝手していて(多分本当はダメなことなので伏せます。選挙不正に関わることではない)ほぼずっと休憩みたいなものとはいえご飯を食べ終わるとすぐ席に戻らされる。時間にして15分ほど。交代で食べれば十分回る人数はいたので1時間は休憩あると思っていた。その説明もないし田舎の役場は結構いいかげんなところがある(いい意味で)。出前の少し冷めたカツ丼は甘くて美味しくて選挙っぽかった。
午後は退屈な時間が続き、垣間見える小さないい加減さばかり考えてしまい少し悶々としていた。今回は投票が三種類あり導線が非常にわかりづらくもちろん職員は優しく教えるが投票者は一様にオロオロしていた。自分も期日前投票でこれどこに入れるんですかーと泣きべそをかいていたので投票者の姿を見て不便さを案じるとともに少し安心もした。
13時から終了の18時までは1時間に3組くればいい方で本当に暇なのとお尻が痛かった。トイレにいくことだけが癒しの時間だったが頻尿立ち合い青年と思われるのが怖くて1時間に一度程度にとどめた。職員たちもおばあちゃんも話疲れて口数が減っていき、口を開けばへんくさの話。へんくさとはカメムシのことで、全国的に異常発生していた。確かに暖かい場所に集まるへんくさの多さ(人間と同じだね)に辟易していたが話すことがなくなるとみんなしてへんくさの話をし出すことにも「もうええでしょう」と言いたくなる。
終了時間の18時3分前から10秒ごとに時報が鳴り響き、それを黙って聞く我々はみんな年越しの時と同じ顔をしていた。
18時をお知らせされると管理長から閉場宣言がなされ、疲労困憊の立会人たちは厳かに書類にサインとハンコを押した。一日中いても役場職員と我々立ち合い人が言葉を交わすことは多くはなかったがこの長丁場を共に耐え抜いたチームには絆が生まれ、終わったときの達成感はそれなりのものがあった。カメムシたちもブンブン飛び回り我々を祝福していた。おばあちゃんは容赦なくガムテープで潰していたが。
最後に管理長と2人で開票場まで固く鍵をかけられた投票箱を持って行く。テレビでよく見る開票場がセッティングされており感極まった私は管理長と熱い抱擁を交わし任務を終えた。
おじさんとハグは嘘ですが今回の立ち合い体験はこんな感じでした。
役場職員たちは我々の帰宅後も続けて開票作業。日を跨ぐこともあるとか。朝早くから夜中まで本当にお疲れ様です。休憩がないごときでイラついてた自分をとてもちっぽけに感じました。(まあ流石に休憩はあったほうがいいと思うけど、いい意味で)