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【為になるんだか成らないんだか!】 その四

『自意識万歳!!』

自意識という言葉はよく聞く、またよく使う・・
例えば、自意識過剰という表現
「あいつさ~自意識過剰なんだよな~」とか。
ん!・・は?・・

当ったり前じゃん!
自意識くらい過剰じゃなけりゃ誰が我を正常に保つんじゃ!?

ことほど左様に世間には、本来の意味を、よくよく思考しないで乱用している。辞書の解釈ではなく深層の意味を理解せずに使うことが
まあ!多い多い!

自分を「これがおれじゃあ!」「あら!これが私なのよ!」
という感情は、そもそもその個人にしかできない自己表現ですから
他人が批評できるものでもない。
それが私のスタンス「自意識です!」ってことです。

身の回りに起こる様々な経験の中から「自分というのは・・」を自分自身で決め、認識し、時に修正しその一つ一つを自分の一部と認めて愛でて
そういったプロセスを経て自分自身の意識となるのではありませんか?
それがあるから、何か成せば
「よし!思ったとうり出来た!」と他人とのコミュニケーションで発揮したり、世の中のために役立てたりする。
無論、意識を高くするために他人の協力は不可欠。

自意識が過剰?正常なジャッジは誰がどの基準で出来ますか?
これに答えられる人いるんですかね?
意識の「過剰」を言論出来るなんて私の中では
ん~~~強いて言えば・・
・・それは、神のみ!です!
・・仏陀のみ
・・仏、菩薩のみ
そういう存在が居て「過剰である」と決めてくれるなら、
まあ・・そうかなあ?くらいの微妙な受け入れです。

つまり一人一人の崇高なる知的センテンスに対して
これを声高に揶揄する人、嘲笑する者のほうが、
自分の定規でしか他人を計れない「過剰差別主義者」です。
(あくまで私の”基準”ですがね!)

だから、意識高くって大いに結構じゃあないですか?

「意識高い系~」ってのはあれは・・誉め言葉ですか?
おじさんにはちょっとそこは無理解なんですが・・・
私の場合
「お前どんだけ意識高いんだよ!」などと言われると
「下にいるあんたが全く見えない聞こえないほどの高さかな?」
と笑って答えます・・不思議といきってた人も
「えっ!」とびっくりした顔して黙るもんです。

まあ、いちいちそんなにつっかかってていくのは賢いとは言えませんが・・









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