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非情な陽炎の ー詩壇の轍.1

沖縄の新聞「琉球新報」に「琉球詩壇」という詩のコーナーがあります。
1965年に詩人のあしみね・えいいちさんを選者とした詩の投稿欄として本格的に始まりました。何度かの中断を経て、現在も続いています。
これまでに掲載された詩から、印象的な作品を引いていきます。

放浪者/翁長羊恵

太陽の
オレンジ色のはばたきをさけて
岩かげに身をひそめた放浪者は
アイデアリスト ーその魂は
倦怠と惑乱のアルコール漬け…

腰をあげ
両足を泥土の中につっこむが
一瞬 あなたは 息をひそめ
虚ろな冷たい眼を
空の白い雲になげる

雲は
青い海の 気の遠くなるような
深さの涯で
気まぐれな波紋を描いては
大空の光のひだを縫い-
デュエットのステップを踏むと
遠く かすれて 消えていく

ああ あなたの あの
白刃の意識は どうした?

この夏の 非情な陽炎の中に
溶けきってしまったのか?

それとも あなたは やがて
地面に貼りついた あなたの
影そのもののように
落日とともに 地下にしみこんでしまうのであろうか?

「琉球新報」1965年1月11日

アイデアリスト(理想主義者、観念論者)で放浪者の〈あなた〉の姿が想像できる、とても印象的な詩です。

沖縄の日差しはとても強烈で、夏の日中は陽炎が揺れることも多くあります。光にあふれている分、影の濃さも際立ちます。
光と影の両面を持った〈あなた〉には、強烈な存在感を持ちながらも、ふと目を離すとどこかに消えてしまいそうなはかなさも併せ持っているように感じます。

芸術家、思想家、詩人。そういった人は日常生活の範疇におさまらない言動で周囲の人々に強烈な印象を与えますが、同時に日常におさまりきれないからこそ突然いなくなってしまいそうな危うさも持っているように思います。
そんな〈あなた〉は詩人なのだろうと思われますが、〈あなた〉を読者の目の前に現れるように描いて見せる作者もまた、詩人であるように思います。

この作品は「琉球詩壇」が本格的にスタートした第1回目の紙面に掲載されました。選者のあしみね・えいいちさんは「長編ドラマのある部分を、なんの予備知識なしに読まされているような不安感と、未解決の面白さを内包している作品」と評しています。

「琉球詩壇」には後に詩集を発行する人、山之口貘賞などの文学賞を受賞する人などもいますが、この翁長羊恵さんという方がどのような方なのか、わたしはよく分かりません。ただ、掲載された作品には確かな魅力を感じたため、最初にご紹介しました。

次回は、小嶺幸男さんの「夜明け」という作品をご紹介します。

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