見出し画像

クルド難民の生存権獲得に向けて―相談会とその後の実践から見えた可能性(岩本菜々)


(追記)論考の再掲にあたって

 この論考の初出は、2021年3月に刊行された雑誌『POSSE』 47号です。
 執筆から3年が経った今、執筆当時より仮放免者の置かれている状況はますます厳しいものになっています。2023年の入管法の改定では、難民申請が2回に制限され、難民と認定されなかった「不法滞在者」の強制送還が可能になりました。また仮放免者に対する管理が強化される「監理措置」の導入も決定されました。
 しかしこれに対し、支援者側は入管法改悪反対の運動での敗北以来、入管法改定の見直しを訴えるほかには有効な一手を打てずにいるように思います。
 難民の法的な権利が後退し続ける今だからこそ、国による上からの法改定に左右されることなく、下から権利行使を広げ、実質的な生存権を勝ち取っていく方向へと運動の舵を切るべきではないでしょうか。
 この論考で示した、労働組合による責任追及の取り組みや、自治体レベルで生活保護の適用をもとめる運動実践は、今の状況を突破する手がかりとして、いまだ有効性を失っていないのではと考えます。この論考をきっかけに、難民問題に取り組む支援者、難民支援に関心のある人の中で議論が広がれば幸いです。

追記:2024年4月15日

※本記事は、雑誌『POSSE』47号(第二特集「生きる権利を!コロナ危機下の外国人労働者」)に掲載された同名タイトルの記事をもとに一部修正を加えたものです。

はじめに

 2020年11月1日、川口駅前にて川口市・蕨市に住むクルド人を対象とした大規模な相談会がおこなわれた。POSSEも参加する「クルド人の生存権を守る実行委員会」主催で開催したこの相談会ではクルド人の深刻な困窮実態が可視化されたと同時に、彼ら彼女らが生存権を実現するための可能性が示された。本稿では、2021年1月にPOSSEが開催したオンラインイベント「日本で暮らすクルド難民―この社会で生きる権利を実現するために」の内容をもとに、クルド難民が現在置かれている状況と、仮放免者の生存権獲得に向けた今後の展望について報告する。

クルド人難民とは

 クルド人は「世界最大の国を持たない民族」と言われ、主にトルコ・シリア・イラク・イランにまたがる地域で約3000万人ほどが暮らしている。クルド人の人口が最も多いトルコでは、クルド人は厳しい弾圧を受け続けており、80年代のトルコ政府による弾圧では数万人以上が殺害された。日本にいるクルド人の多くが、トルコ国内での弾圧を逃れてきた難民だ。
 日本には現在1500〜3000人ほどのクルド人が暮らしていると言われ、その多くは埼玉県の川口市・蕨市のクルド人コミュニティーで生活している。しかし日本でクルド人が難民として認められたことは過去に一度もない。多くが難民申請を却下され続け、在留資格を得られず不安定な立場に置かれているのだ。(注:2024年現在、難民認定がされたのは1人)。
 通常、難民申請が却下されると「不法滞在者」として入管施設に収容され、一定の条件を満たした場合だけ「仮放免」という措置がとられ一時的に収容を解かれる。仮放免になれば日本に滞在することだけは「許可」されるが、行動は厳しく管理される。住民票は取得できず、居住する都道府県から出ることすら入管の許可なしにはできない。国民健康保険への加入は認められておらず、就労することも許されない。在留資格を持たない仮放免者たちは、あらゆる社会保障から排除され、生存権を否定されているといえる。
 そのような状況のなか、クルド人コミュニティーでは働ける人がリスクを冒して解体業などの労働に従事し、親戚や知人同士で助け合うことでなんとか生活を保ってきた。しかしコロナ禍で仕事が激減し、いままでのような相互扶助が成り立たなくなってきている。

相談会が可視化した現状

 仮放免者は長年無権利状態のまま生活してきたが、これまで自治体はその存在を「無視」し続けていた。しかしコロナ禍でコミュニティー内の相互扶助が崩壊しつつあるいま、自治体が仮放免者の生存権を保障することの重要性が高まっている。これを契機に、クルド難民の生活状況と彼ら彼女らが困窮に至った背景を可視化し、自治体に生存権保障を求めていかなければならない。2020年9月、そのような目的のもと支援団体が集まり「クルド人の生存権を守る実行委員会」を結成した。11月には川口駅前でクルド人向けの相談会を開催し、医療・食料・労働・生活相談などのブースに分かれて相談を受け付けた。このような試みは過去に例がなく、この取り組みを通し初めて埼玉に暮らすクルド人の深刻な困窮状況が明らかになった。
 来場者は約300人で、その多くは家族連れだった。食料は開始から数時間でなくなり、医療ブースに一時は50人待ちの列ができるなど、予想を超える数の相談が殺到した。
 両親と子供4人で暮らす家族は相談会場で「コロナで仕事がなくなり、食事が十分に取れていない」と訴えた。子供の給食費も払えておらず、家賃を1ヶ月滞納しているという。「仕事中の事故で手が不自由になったが、医療費が払えず病院に行けていない」と話す男性や、コロナで親戚からの援助が大きく減り、子供の持病の治療費にも困っている母子家庭からの相談もあった。
 こうした人たちは決して例外ではない。相談に訪れた人の平均所持金額(相談時)は15000円、所持金の中央値はわずか2000円だった。「家賃を滞納している」と答えた人は46人、「食事を十分に取れていない」と答えた人は33人もおり、多くの世帯で仕事が減少し、基本的な生活が成り立たなくなっていることが明らかになった。
 また、社会保障からの排除が、この状況にさらに追い討ちをかけていた。仮放免者は健康保険に加入できないため、病院での診療は全額自己負担となる。そのため、緑内障やヘルニアなど手術や長期的な治療が必要な病気を抱えていても金銭的理由から治療をあきらめる人が多い。相談会場では相談者の半数以上が何らかの病気を抱えており、医療費を病院に滞納している人は八人いた。なかには治療費が払えず病院側から訴訟を提起されている人もいた。
 相談を受け付けた120人のほとんどが、生活保護水準を下回る状態にあった。相談者に生活保護制度について説明し「申請に行かないか」と働きかけたところ49世帯が「申請したい」と回答した。

相談会の会場の様子(2020年11月1日撮影、川口市)
食糧配布の様子(2020年11月1日撮影、川口市)

福祉の適用を求める

 こうした状況を踏まえ実行委員会は川口市と蕨市の社会福祉課に申し入れをおこない、仮放免者にも生活保護を含めた行政サービスを適用するよう要請した。また、記者会見で相談会の内容を報告し、国や行政が仮放免者の生存権を保障する必要性を訴えた。
 それに加え、当事者とともに直接福祉課の窓口に出向き、生活保護の適用を求める運動も開始している。自治体に仮放免者の生活実態を把握させ「在留資格に関係なく生存権を認めろ」と要求することで、制度運用に風穴をあける狙いだ。
 この運動を通じて最初に生活保護を申請したのは、心臓病を患う母親とうつ病の父親、精神障害2級の手帳を持つ娘の3人家族だった。家族全員ほとんど仕事ができない状態で医療費の捻出にも困難を抱えており、生活保護がなければ生存が脅かされる状況にあることは明白だった。しかしこの申請に対し、川口市は在留資格を理由に申請を却下するという対応をとった。これは端的に、行政が「在留資格のない人間は死んでも構わない」と宣言しているに等しい。生存権を実現するため、こうした非人道的な対応には徹底して異議申し立てをしていく必要があるだろう。
 一方、実行委員会によるこうした働きかけは早くも行政を動かしはじめている。川口市の奥ノ木市長は相談会の活動や申し入れを受け、12月23日に「仮放免者の生活維持に関する要望書」を法務省に提出し、クルド人の生活困窮の深刻さを国に直接訴えた。この要望書には、就労可能な制度の構築や行政サービスの提供など、実行委員会が川口市に求めた要望とほぼ同一の内容が記されていた。
 生活保護制度の利用が仮放免者に認められていないからといって申請をあきらめていては、制度はいつまでも変わらない。生活保護の適用を要求し、申請を重ねて行政の不当性を明らかにしていけば、制度運用のあり方自体を変えられる可能性が見えてくる。POSSEでは今後も当事者とともに運動を継続し、行政に仮放免者の生存権を認めさせるための実践に取り組んでいく。

頻発する労働問題

 相談会で明らかになったのは、自治体に生存権を求めることの重要性だけではない。労働相談では、クルド人が生活に困窮する背景に企業による違法行為があることが明らかになった。
 川口市・蕨市に暮らすクルド人は、男性の多くが解体業で、女性は食品工場などで働いて生計を立てている。労働現場では、難民の不安定な立場を利用した企業の違法行為が頻発している。たとえば解体業者の多くは1日1万円ほどの日雇いでクルド人を雇用しているが、契約書がなく労災保険や雇用保険にも未加入のケースがほとんどだ。また危険と隣り合わせの解体現場では骨折や腰痛の発症、鉄骨が足に刺さるなどの事故が頻発しているが、補償されないケースが非常に多い。怪我をして動けなくなったことを理由に解雇されることもある。
 違法行為をおこなっているのは小規模な解体業者だけではない。大手企業が公然と違法行為をおこない、クルド人労働者を「使い捨て」にしている現状が、相談会後の聞き取りから明らかになった。
 例として、コンビニの弁当などを製造しているある大手食品工場では、最低賃金以下の時給でクルド人女性を雇用していることがわかった。また全国展開しているケーキショップの工場では、仕事があるときだけ呼び出される不安定雇用や、工場が一時閉鎖しシフトカットされても補償がいっさいされないなどの違法行為が横行している。

労働組合で立ち上がり、企業の責任を追及する

 クルド人労働者の多くは労働現場で不当な扱いを受けても、違法性を訴える機会がなく泣き寝入りせざるを得なかったり、在留資格を理由に交渉をあきらめたりしてきた。しかし本来、労働者の権利は在留資格の有無に関わらず普遍的に存在する。POSSEでは相談会後、労働問題を抱えている人に労働組合への加入を勧め、当事者とともに企業の責任を追及している。昨年一二月からはすでに二件の問題に取り組み、未払い賃金の支払いや労災認定を勝ち取ってきた。
 解体業で生計を立てていたクルド人男性は、1ヶ月分の賃金(約20万円)が会社から払われていなかった。一人で社長のもとへ出向き未払い分の賃金の支払いを求めたところ、「雇ってやってるんだ」「クルド人のくせに文句を言うな」などと脅され、鉄骨を上から故意に落とされ大怪我を負った。男性は知人のつてでPOSSEとつながり、労働組合で闘うことを決意。男性と組合員が会社に再度出向いて交渉したところ、雇い主はその場ですぐに未払い分の賃金と怪我の治療費の支払いに合意した。
 POSSEには現在、同様の相談がこの他に何件も寄せられている。相談のなかで初めて会社の違法性に気が付き、労働組合への加入を決意する人もいる。実際に労働者としての権利を行使することができなければ、本来あるはずの権利も意味をなさない。クルド人労働者の権利行使を支え、権利を実現させていくことが求められている。今後POSSEでは「労働問題は労働組合で解決できる」ということをクルド人コミュニティーにさらに広く周知し、労働組合への加入を働きかけていく予定だ。

普遍的な生存権を獲得するために

 多くの団体が在留資格のない外国人に対し、民間で寄付を集め給付金を配ったり、食料を配布するなどの支援をおこなってきた。しかしそれらの支援は「無権利状態」に置かれている外国人に対する「救済」としておこなわれているに過ぎず、普遍的な生存権獲得に向けた権利行使には結びついてこなかった。そのような「救済型」の支援は、無権利状態にある人に「自分は救済を受けなければならない存在だ」と思わせ、権利行使への意思を挫いてしまう危険をはらんでいる。しかし本来、彼ら彼女らは「権利行使する主体」として自分たちの生存権を社会に求めていける力を持っているはずだ。
 今回の相談会やそれ以降の取り組みを通し、多くのクルド人たちが「生活保護を市に求めてみよう」「会社と交渉しよう」と、自らの権利を求めて立ち上がり始めている。コロナ禍で仮放免者を取り巻く状況が深刻さを増しているいま、「ダメでもいいから行動するしかない」と決心し、生存権を求めて闘おうとする人が増えている。このような闘いを広げ、一つひとつの権利を勝ち取っていくことこそが、在留資格の有無が命を左右する社会を変え、やがては入管政策を変える力にもなり得るだろう。
 今後POSSEでは、引き続き生活保護申請や労働運動に取り組むとともに、クルド人の子供や若者を対象とした学習支援を始める。クルド人の若者の多くは、日本で生まれ育ち、日本にしか生活基盤がない。しかし日本では外国籍の子供の教育権は認められておらず、金銭的理由で中学や高校への進学を諦めざるを得なかった子供も多い。また、仮放免者の受け入れを許可している大学はほとんどないため、ほとんどの人が高校で進路を断たれてしまう。このような状況を変えるため、POSSEでは学習支援を通じてクルド人の若者とつながり、ともに教育権を求める運動を開始した。学生ボランティアとクルド人の若者の間で連帯を広げ、誰もが生存権や教育権を保障される社会をつくっていきたい。

学習支援の様子(2021年3月15日撮影、蕨市)




【問い合わせ先】generationleft.platform@gmail.com
言論プラットフォーム「ジェネレーション・レフト」では、プラットフォームの運営や自身の記事の掲載、議論への参加に関心がある若者からのお問合せも随時募集しています!どうぞご気軽にご連絡ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?