命を懸けるに値するもの~機動戦士ガンダム 第14話「時間よ、とまれ」感想
戦地慰問
マジシャン「ジオン公国の勝利を祈って」
ジオン兵「おいおい、面白くねえんだよ!」「いつまでやってんだ!」「逆立ちでもしてみろ」
マジシャンが鳩を出すという古典的なマジックを披露するシーンから始まる。
これは「戦地慰問」と呼ばれるものである。娯楽も少ない戦地で緊張の連続を強いられる兵士を慰問し、激励するために派遣される演芸団のことだ。
昨年(2020年)に惜しまれつつ亡くなった内海桂子や、しゃべくり漫才で一世を風靡したエンタツ・アチャコなど、当世を代表するような一流の芸人が戦地慰問を行っていた。
こうした歴史に鑑みると、ひょっとしたら鳩をだすというとても古典的な手品を披露したこのマジシャンもジオン本国に帰れば名の通った芸人なのかもしれない。
しかし、慰問対象であるジオン兵達にはこの芸は不評のようだ。口々に「面白くねぇんだよ!」と怒声をあげている。
おそらくは戦争が長引く中同じようなパフォーマンスを何度も何度もみているのだろう。
いつになったらこの戦争が終わるのか先は見えず、補給物資もろくに届かない中、日々任務をこなすジオン兵。
その任務もパトロールだ。いるかいないかも分からない敵を探すという退屈な仕事である。
彼らは「毎日毎日同じことの繰り返しで、生きてる気がしないんだよ!!」という退屈な日々を送っているのだ。鳩にも八つ当たりしてしまう始末である。
第12話で、ギレンがガルマの国葬を全世界に中継して戦意高揚を図ろうとしたのも、こうした退屈して士気の下がってしまった兵士が増えつつある現状に危機感を抱いていたからである。
え!!若い者だけでガンダムを!?
クワラン「そのモビルスーツを俺達若い者だけでやろうってんだ。俺達が勝手にやって敵をやっつけるぶんには構わねえと隊長も言ってくれたんだ。うまくいきゃあ本国に帰れるぞ。こんな虫のいない、清潔なジオンの本国へよ」
クワランが若手兵士を集め「俺たちだけで敵モビルスーツをやっつけよう」と提案する。
敵モビルスーツが襲来すれば戦闘状態となりクワラン達も命を落としてしまうかもしれない。そういう危機的な状況にあることは間違いない。
しかし、毎日同じことの繰り返しで退屈な生活にうんざりしているジオン兵にとっては、ガンダムはいわば「大きめの台風」みたいなもので、危機感を覚えるのと同時にちょっとした興奮を感じさせる「非日常」なのかもしれない。
しかも、そのモビルスーツを破壊できれば大手柄、胸を張って本国ジオンに帰ることができる。この退屈な生活から抜け出す希望の光にすら見えたことだろう。
少なくともクワラン達にとっては命を懸けて挑む価値があることなのだ。
もっとも、この部隊の皆がそういう気持ちなのかと思ったらそうではなく、上官である隊長は出撃する気はないようだ。あくまでもパトロールが与えられた任務であり、それを遂行することしか考えていないのだろう。
ここでは、リスクを冒してでも自分達で未来を切り開こうとする若者と、与えられた仕事を日々こなすだけの上官とが対比して描かれている。
ホワイトベースの置かれた状況
マチルダ「明け方までにはエンジンの整備は終わります。大丈夫です。で、私への質問ってなんです?」
ブライト「僕らは正規軍ではありません。なのに、どうしてあなた方の補給を受け、こうして修理まで・・・」
マチルダ「連邦軍もホワイトベースを捨てたりはしませんし、ここにもあなたの上官を送るつもりはあります。けれど、ヨーロッパでの大きな作戦の予定があります。それに、現実に実戦に耐えているあなた方に余分な兵をまわせるほど連邦軍は楽ではないのです」
ブライト「そんなにひどいのですか・・・?」
マチルダ「ジオンも似たようなものです。それに、今はホワイトベースはデータ収集が第一の任務になっています」
ブライト「データ集め?」
マチルダ「ええ。プロよりアマチュアの方が面白い作戦を考えるものです。それをコンピューターの記憶バンクから拾いだす」
ブライト「じゃあ、わざと我々を放っておいてモルモットにしている?」
マチルダ「モルモットはお嫌?ブライト少尉」
ブライト「命令として受けてはおりません。少尉?僕が?」
マチルダ「ええ、レビル将軍がそうおっしゃってますよ。そのうち通知があるでしょう」
ブライト「いちいち勝手ですね」
マチルダ「レビル将軍がいらっしゃらなければあなたはとっくの昔に死刑ですよ」
ブライト「し、死刑?」
マチルダ「ええ」
マチルダのミデア輸送機と接触したホワイトベース。補給を受け、さらに不調だったエンジンの修理も受けている。
マチルダとブライトの会話によって、連邦軍の状況が明らかになってきた。
連邦軍はホワイトベースを見捨てたわけではなく、応援を送る意志もある。しかし、近々ヨーロッパで大規模な作戦を実行する予定であり、ホワイトベースに応援を送る余裕がない。現状、敵の襲撃をたびたび受けつつも凌ぎ切っているホワイトベースはとりあえず現状のまま頑張ってほしい、ということだ。
なお、ホワイトベースはデータ収集の役割をいつのまにか担わされていた。ホワイトベースとガンダム、ガンキャノン、ガンタンクの3機のモビルスーツの運用データさえ得られれば、撃墜されてしまっても連邦軍参謀本部としては成果十分ということかもしれない。まさにモルモットだ。
「アマチュアの方が面白い作戦を考える」というマチルダの冷酷なセリフは、誰の認識をいったものだろうか。連邦軍参謀本部か、レビルか、それともマチルダ本人か。
マチルダの話では、ブライトはホワイトベースを勝手に動かしたことを理由に死刑となるところだった。レビルがそこをうまく立ち回って九死に一生をえたといったところだろうか。しかも少尉にまで任官されたという。
どういう意図でレビルがこのような口添えをしているのかは不明だが、ブライトは一生レビルに頭が上がらないだろう。
「月」とマチルダ
ブライト「アムロ、なんだ?」
アムロ「あ、い、いえ」
ブライト「お前は寝てなくちゃならん時間だろ」
アムロ「は、はい」
マチルダ「君、ブライトさんの言う通りよ。寝るのもパイロットの仕事のうちですよ」
アムロ「は、はい。き、気をつけます」
唐突にアムロが登場する。
本来なら寝ていなければならない時間帯に、特に用事もないのに制服を着てやってきたところをみると、マチルダのことが気になってどうしても一目見たくなったというところだろう。分かりやすい男である。
このシーンでは、アムロの視点からマチルダを足元から上へパンアップしている。そしてパンの終了点では作業灯をバックにたたずむマチルダが描かれる。
その作業灯の光がまるで満月のように円形に描かれており、マチルダのバックに満月が輝いているように見える。
第9話で初登場したときも、マチルダは金色の夕日をバックに描かれていた。
シャアの謀略にはまり、ガルマの勢力圏内に降下してしまったホワイトベースにとってマチルダは救世主というべき存在であり、夕日を後光のように描くことで救いの女神としてのイメージを演出していた。
今回の「月」も救世主としてのイメージを持たせるための演出である。
バレバレの嘘
フラウ「どこに行ってたの?」
アムロ「トイレさ」
フラウ「トイレむこうでしょ」
アムロ「いいじゃないか・・・・なんだい?」
フラウ「ううん、なんでもないわ・・・・ハロ、いらっしゃい」
アムロ「なんだよ・・・」
アムロが部屋に戻ってくるとフラウボウが佇んでいる。
「どこに行ってたの?」というフラウボウの問いに、アムロは本当のことを言うのはまずいと思いとっさに嘘をついた。
しかし、その嘘はバレバレで一瞬で見抜かれてしまった。気まずい雰囲気である。
フラウボウはアムロが部屋にいるかどうか確認しにアムロの部屋に行った。いないとわかったとき、フラウボウは自分の部屋に戻ってもよさそうなところを、そのままアムロの部屋の前で待っている。そして、戻ってきたアムロに何かを言おうと考えていたはずだ。
しかし、いざアムロが戻ってくると不満げな態度のまま何も言わずに去ってしまう。
不満げな態度で去るフラウボウを見て「なんだよ」と呟くアムロは、フラウボウの気持ちに気付いているのか、いないのか。
唐突にラブコメのシリアスシーンみたいな場面が展開されるが、2人の微妙な距離感・関係を表現する絶妙な描写である。
そしてこの顔である
険悪なムードのまま翌朝を迎える。
マチルダの出発に間に合わなかったアムロ。夜更かししているからだ。
少し離れたところからカイがニヤニヤしながらアムロのことを見ている。しかし、この場にいるということは、カイもマチルダのことが気になっているのだろう。
そしてこの顔である。
他方、ここでもフラウボウは不満げだ。ただ、昨晩の様子とは異なり少し寂しそうな印象である。
「スタンバっておけ」(2回目)
ブライト「これからジオンのパトロール網を飛び越える。いいか、ガンダムをスタンバっておけ」
「スタンバっておけ」については第5話で述べた。初めてブライトが「スタンバっておけ」といった場面である。
大人の余裕
連邦兵「ガンダムです」
マチルダ「フッ、来なくてもいいものを」
ジオン軍のパトロールに捕捉されたミデア。そこにガンダムが援護にやってくる。
援護に現れたアムロを見て、マチルダは笑みを浮かべながら「来なくていいものを」とつぶやく。アムロの好意にも気づいているのだろう。大人の女性の余裕を感じさせる描写である。
むきだしのジオン兵と撃てないアムロ
アムロ「ああっ。む、剥き出しの兵が。機関銃ぐらいでガンダムを。どういう攻撃をするつもりなんだ?クッ、どうしたんだ?なぜ動く?」
前回、自分の身を守るために生身のジオン兵を銃で撃ったアムロ。
敵兵がモビルスーツや軍用機の場合には躊躇なく撃つことができるが、生身の人間に対してはやはりまだためらいがあるようだ。
ジオン兵に向けてをバルカンを撃っているが全く当たらない。おそらく当たらないように無意識で狙いを外しているのだろう。
この後、虫のようにぶんぶん飛び回るジオン兵に対してアムロは全く攻撃することができず、なされるがまま爆弾を仕掛けられてしまう。
吹っ飛ぶ盾
アムロ「お、お前らなめるなよ、馬鹿にするなよ!僕だって!うっ、た、盾が爆発か?そうか、ば、爆弾を仕掛けていたのか。」
この爆弾、たった1つ爆発しただけで盾を吹っ飛ばしてしまった。このシーンが入ることでガンダムが危機的状況にあることが分かりやすく描写される。
残酷で非情な合理的行動
フラウ「ブライトさん!なんでみんなで助けないんですか?一緒にやればもっと早くすむのに」
ブライト「今爆発するかもわからんのだ。犠牲者を一人でも少なくする為にはアムロにやってもらう以外にはない」
フラウ「そんな!」
ミライ「フラウボウ」
フラウ「ミライさん!あなただって卑怯です。弱虫です!」
ミライ「なんと言ってもいいわ。我慢するのも勇気なのよ。アムロと一緒にあなたまで犠牲にはできないわ」
フラウ「それは逆です、アムロはパイロットです。あたしが代わりにやってきます」
ミライ「フラウボウ、あなたにアムロより上手にできて?」
フラウ「ミライさん、ひどいのね!」
昨夜からアムロと険悪なムードになってしまっていたフラウボウだが、アムロが一人で爆弾を解除する姿に「なんで!」とクルーに詰め寄る。
アムロに対して腹を立てることがあっても、アムロが死んでしまうかもしれない状況に置かれているのをみて、居ても立ってもいられない心境だろう。
前半のアムロとの確執があるからこそ、この場面でのフラウボウの訴えが心を打つのだ。
フラウボウのいうように、複数人で一気に処理してしまえばいいようにも思えるが、その手が使えるのは爆発するまでの時間が分かっている場合である。
いつ爆発するかわからない状況では、複数のクルーで爆弾処理に当たっていてその最中に爆発してしまえば被害が大きくなる。
残酷で非情にも思えるが、結局、1人で処理するのがもっとも合理的ということになる。
フラウボウのいうこともわかる。アムロ1人に危険を負わせて、他のメンバーは安全な位置から見てるだけ。弱虫で卑怯者に見えるというのもわからなくはない。
しかし、ここで誤解してはならないのは見守るだけの他のクルーもかなり精神的に辛い状況にあるということだ。
爆発してしまえば主力のモビルスーツであるガンダムとそのパイロットのアムロを失うという戦力的な意味合いもあるだろうが、それ以上に仲間の1人を失ってしまう苦しみ、つらさ、悲しみ、喪失感の方がでかいだろう。
この後、ブライトをはじめとして、クルー皆がアムロの元に駆け出しているところを見ると、ヤキモキしながら見守っていたようだ。
人情味あふれる最悪な非合理的行動
ブライト「よ、よし、足と手をちょっと上げるだけなら。あとを頼む!お前らはホワイトベースに待機しているんだ!」
結局我慢できずに駆け出すブライト。次のシーンで駆け出しているのはブライトだけではないということがわかる。
まず、ハヤトとリュウが描かれ、それに続いてカイ、最後にブライトの走る姿が描かれる。
つまり、ブライトよりも先にリュウやハヤト、カイがアムロのもとへ駆けつけようとしていたのだ。映像では一番最初に動き出したように描かれているブライトの先をリュウ、ハヤト、カイが走っていることでホワイトベース内の一体感が強調される。
ハヤトやカイやリュウもただじっと見守るしかできない自分に我慢できなかったのだろう。
しかし、客観的に眺めると揃いも揃って最悪の非合理的な行動をとっている。この瞬間に爆発すればホワイトベース全滅、マチルダの補給もレビルの計らいによって命拾いしたブライトも全て水泡に帰する。
それでもアムロ一人に危険を押し付けるわけにはいかないという連帯感、一体感が小気味いい。
笑うクワランと非日常の終わり
間一髪で爆弾の処理に成功。最初の盾の時よりもさらに大きい爆発で、巨大なキノコ雲があがる。
クワラン「ははははははっ!ははははっ!これで帰国も駄目になったか。命懸けってのはどうも俺達だけじゃなさそうだな。」
作戦失敗を知り、クワランは「これで帰国もダメになった」と高笑いをする。
作戦が失敗したのだからもっと悔しがったり、落胆したりする様子が描かれてもよさそうなものだが、クワランは大声で笑う。
ここでクワランが笑うのは、本気で故郷に帰ろうなどとは考えていなかったということでもなければ、真剣にやってなかったということでもない。
彼らはあくまで真剣に作戦を遂行し、手柄を立ててジオン本国に帰ろうと本気で考えていた。実際、ガンダムの攻撃で死んだ兵士もいるのだ。命をかけていたのはアムロだけではないのである。
今回の作戦の失敗によってクワランたちはまたあの退屈な日々に戻らなければならない。ジオン本国に帰るなどという目標は当分の間かなえられないだろう。当然ながら落胆し、挫折感を抱いているはずだ。
クワランの高笑いはこうした負の感情をごまかすための笑いである。表面上だけでも笑っておかなければ、あの退屈な日々に戻らなければならないという現実に耐えられないのかもしれない。その意味でクワランの笑いは、自分の感情に蓋をし「さあ、またあの日常に戻るぞ」という決意表明のようにも聞こえる。
この高笑いに末端の兵士の哀愁を感じたのは自分だけではあるまい。
俺より命知らずな奴に会いに行く
クワラン「よう、爆弾をはずしたバカってどんな奴かな?」
クワランにしてみれば、ガンダム相手にモビルスーツも使わず生身のまま戦闘を挑んだわけで、命がけの作戦である。「命知らず」といってもいいかもしれない。それくらい無謀な挑戦だった。
しかし、ガンダムのパイロットも負けず劣らずの「命知らず」で、仕掛けられた爆弾をすべて外してしまった。
そんな自分以上の「命知らず」の顔を見たくなったのだろう。クワランは他の兵士に爆弾を外した奴の顔を見に行こうと提案する。
ソル「そっちの白いの着てんの、ひょっとするとモビルスーツのパイロットさん?」
クワラン「どうしたの?怪我でもしたのかい、パイロットさん」
ソル「恐い顔しないでよ、パイロットさん」
クワラン「これからも頑張れよ、大将。じゃあな。はははははっ!」
クワランはアムロに「これからも頑張れよ、大将」と声をかけ、去っていった。これからまたあの日常に帰っていくのだ。
「これからも頑張れよ」は、アムロにかけた激励の言葉というよりも、自分に言い聞かせる言葉なのかもしれない。
第14話の感想
マチルダとブライトとの会話によってホワイトベースの置かれた状況がより明らかになった。
「ヨーロッパでの大規模作戦」という今後の戦況を左右しそうなキーワードも出てきた。今後の展開が気になるところである。
他方、今回は末端のジオン兵にスポットを当てた回でもあった。
それまでのロボットアニメや戦隊ヒーローものなら、末端の敵キャラは戦争目的に忠実で、個人的な事情を開陳することなどあり得なかったはずだ。
しかし、機動戦士ガンダムでは末端のジオン兵の故郷に帰りたいという思いを描くことを通じて戦争のリアルを描いている。
次回は、最近映画化も発表されたククルス・ドアンの島である。
非常にタイムリーな発表なのでびっくりしている。映画化されるほどの回ということで非常に楽しみである。
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