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誰もが夢見る少年だった――『ビリー・エリオット』

 演劇をこよなく愛するジーンアンドフレッドが贈る、おうちで楽しめる配信舞台作品のレビュー企画。第二回は『ビリー・エリオット』をご紹介します。

『ビリー・エリオット・ザ・ミュージカル』は2000年に公開された大ヒット映画「リトル・ダンサー」(原題「Billy Elliot」)のミュージカル化作品で、2005年にロンドンで開幕、日本版は2017年に初演され大好評を博しました。
 その評判を耳にし、今年7月からの再演を心待ちにしていたのですが…残念ながら7、8月は公演中止に。9月11日(金)の開幕が待ちきれず、ミュージカルライブ(ロンドン公演の収録映像)を視聴しました。

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 物語の舞台は1984年、炭鉱労働者たちのストライキに揺れるイギリス北部の街。11歳のビリーはバレエダンサーを夢見ていますが、それを知った父は大激怒。バレエを辞めさせられてしまいます。

 映画を見た約20年前、ビリーと同じ年頃だった私にとって彼の父は「嫌な奴」。しかし、男はいずれ炭鉱労働者になるのが当たり前という小さな町で、過去にしがみつき未来に希望を持てない人々…その人生の苦さが大人になった今は痛いほどリアルで、じくじくと心に広がります。
 一幕ラスト、バレエを禁止されたビリーの「アングリー・ダンス」は圧巻。胸の内に溜めこんだダンスへの渇望、ままならない人生への憤りを爆発させます。そのエネルギーは劇場にいる観客だけでなく、モニター越しの私にさえ真っすぐ届くほど圧倒的で、世の中の閉塞感、大人たちの絶望と、私たちが心の奥にしまい込んでいる苦しみすら、小さな身体で打ち破ってくれるかのよう。

 二幕では大人になったビリーと少年ビリーがペアで「白鳥の湖」を踊ります。それはビリーの空想なのか、やがて訪れる未来なのか。少年時代の夢が叶うことは少ないと知っているからこそ、どうか現実になってほしいと願わずにいられません。
 それはバレエダンサーの夢を否定した父親も同じ。ビリーが踊る姿を見て、こらえきれず涙を流します。炭鉱で働く男としてのプライド、息子への愛情、そしてかつて失くした「夢」…自分は無力だと苦悩し葛藤するその表情に、彼がもう一人の主人公なんだと気づかされました。

 ちなみに、約2時間半のこの作品はクラシックバレエだけでなくタップ、コンテンポラリーとダンスも多彩。ステージを縦横無尽に舞うパフォーマンスを、遠景や真上からなど様々なアングルで堪能できるのは映像だからこそですね。

 ラストシーンは映画とまったく異なります。舞台ならではの見せ方で、「彼ら」の視線の先を想像すると、チクリと刺さるような切なさとあたたかさに満たされる。
 “we walk strong”
 彼らが自身を鼓舞しながら歌う、未来に一歩踏み出す力をくれるこの言葉が、ずっと心に響いています。

<配信情報>
『ビリー・エリオット ミュージカル・ライブ~リトル・ダンサー~』
(字幕版のみ。YouTube、Amazonプライムビデオにてレンタル、販売中)

<作品情報>
監督・演出:スティーブン・ダルドリー
音楽監督:エルトン・ジョン
脚本:リー・ホール
振付:ピーター・ダーリング
出演:エリオット・ハンナ、ラシー・ヘンズホール、
デカ・ウォームズリー、ザーク・アトキンソン、リアム・ムーア ほか
DVD/Blu-ray内容紹介より)

<日本版の公演情報> ※2020年7月1日、公演日程を更新しました。
Daiwa House presents
ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』
【東京】2020年 9月11日(金)~10月17日(金)
【大阪】2020年10月30日(金)~11月14日(土)

※配信情報、公演情報は2020年7月1日時点の情報となります。


執筆:榊 恵美(Gene & Fred) イラスト:冨澤朱夏(Gene & Fred)

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