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インプロヴァイゼーションと社会性

リヴァプールのBluecoat Arts Centreで行われた、Derek Baily、大友良英という重鎮達による即興ライブを見に来ていた。
当時、インプロヴァイゼーション音楽にどっぷり浸かっていたため、現地の音楽雑誌の隅に、このライブの情報を見つけた時は胸が高鳴った。現在も即興はたまに聴くが、むしろ歳を重ねるごとに、様々な音楽を聴くほどに味わい深く聴こえる。

会場に着くと、エントランスに続く階段に開場待ちの列が出来ていた。しばらく並んでいると、下から二段飛ばしで階段を駆けあがってくる大友さんの姿が。なんてフランクな人なんだと好感を持ったこと、演者も観客と同じ入り口から入ることに驚いた。

まもなく開場となり中に入ると、ステージらしきものが目に入る。らしき、とはステージと観客席に境がなく、ただステージとなるらしいスペースに楽器があったため認識できた。観客席の方は椅子がざっくばらんに並べられている。その空間に足を踏み入れた瞬間、学校の音楽室を思い出し、何か懐かしいようなノスタルジックな感覚を覚えた。そして、これからBailyと大友から強烈な音楽体験を与えられることになる。

何組か出演者が居て、最初の方に出てきたアーティストで、楽器を一切使わずに、まずステージ上に「おもちゃ」を並べ出した時はおもわず見入った。観客全員、彼がおもちゃを並べる仕草を眺める。彼の即興ライブはすでに始まっているのだ。ステージ上がトイストーリーのような世界に彩り、おもちゃを巧みに操る。お腹を押すと鳴く"にわとり"が、第9のシンバルの如く鳴き響いた時には会場が笑いに包まれた。
そして、大友良英の出番に。ギターとターンテーブルで世界観を創り上げていく。インプロヴァイゼーションとは、世間一般が音楽とカテゴライズしているものとは全く意味が違う。ポピュラー音楽とは一線を画す、ビートも無ければ、メロディも無い。洗練された不協和音の波が押し寄せてくる。例えるなら、「友情・努力・勝利な漫画」と「行間を読む小説」ぐらい違う。大友がギターからターンテーブルへ移動する、レコードの代わりにハイハットを置き、針を落とし回し始めた。その斬新さと探究心に目を見張る。
そしてついに、Derek Bailyの登場。みんな生ける伝説を前に緊張した面持ち。空気が張り詰める。演奏が始まると、どこか異世界にトリップしたかのような感覚に襲われる。一音一音の力強さ、迷いのなさ、とんでもないものをビートルズが生まれた街で目の当たりにしている。自分自身、Derek Bailyの音楽を理解できるているとは到底思えないが、これほどフィジカルに感動できる音楽、ライブに出会えることはそう滅多にないということだけはわかる。全てのプログラムが終わり、現実に引き戻される。

興奮冷めやまない中の帰り道、ビートルズのグッズショップを横目に、颯爽と歩いていた。


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