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1116_山の上の家

人生、酸いも甘いも噛み分けて、味わい尽くした結果、故郷での46歳の一人と猫の暮らし。

田舎の小さな山間の町を見下ろす高台の一軒の家。好きな地元ローカルの単線電車が行き交う景色を楽しむことができる。

一人で住む予定でコツコツとリノベーションをしていて、今はパートナーがたまに手伝いに来る(手伝いといっても、単に猫と遊んでいるだけだが)

姉が姪っ子を連れて、修繕中の我が家を訪ねてきた時も、「こんな景色のいい場所にあるんやから、泊まるとこにしたらどうやね」と冗談半分で言うので、「そうやね」と答えつつ、そういう選択肢もあるんだ、と自分に言い聞かせる。今はどんなことをしようと、俺は自由なんだ。

父親が亡くなり、心の支えを無くした母親がどんどんと物覚えが悪くなっていった。しまいには日常生活ができなくなってしまい、姉夫婦は下の子が支援がいるらしく手も回らんので、どうしようもなくなったので、自分が東京でやってた飲食店を畳んで、一人で実家に帰って面倒を見ることにした。

東京と故郷。単身赴任のような形を続けた結果、妻とは折り合いが悪くなり、結局離婚することになった。とりあえず、長男を大学に行かすだけのお金を送り続けることにしている。母は昨年、施設で静かに息を引き取った。俺は淡々と葬式を終えた。

今は中学の同級生のやってる居酒屋で焼き鳥を焼き、店の空いている昼間の時間に自家製カレーを振る舞っている。この前も大学卒業前の休みを利用して、長男が店にフラッとやってきた。

「親父のカレー美味しいもんな」
そうだな。
「俺、これからやっていけるかな」
知らねえよ、自分でなんとかしろ。
「仕事合わなかったら、ここで働かせてくれよ。カレーの作り方、覚えるから」
そんな簡単じゃねーし。(いいか、おまえは、自分の人生を生きろ)

一人で山端に落ちる夕陽を見ながら、自分の心の底に深く沈む沈殿物が掻き乱されて、噛み締めてみても噛み締めきれないほどの、感情がまたうねり、そして日が沈み終わると共に静かに沈む。虫の音以外、山の夜は本当の静寂だった。

荒波の中で漂う小舟のようだったこれまでの人生を振り返り、今はまた違う穏やかな大海の心持ちでいる自分が時折りおかしくも思う。

俺はたぶんこの家でこの景色を見ながら、死ぬんだろうんなと思いつつ、それを心から望んでいることを知っている。まるで幼い頃の夢を叶えるように。それが俺の人生だかられ

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